第29話 〈文学は終わった〉論

文字数 1,185文字

「ねぇ、部長。グレッグ・イーガン以降は理系SFが全盛ですよね。僕の出る幕ないなぁ、なんて思うんですよ」

「いや、山田。出る幕がないって、なにか出たいのか? なにに出たいんだ?」

「いや、SF書きたいなって」

「日本だと伊藤計劃以降、なんて言われ方をするし、百合SFなんてのも流行ってるな」

「は、はぁ」

「歯切れ悪いわねー、山田くん。ミステリだって、『キャラ文芸』ってのが主流よ。出る幕がないのは、わたしも同じ」

「佐々山さんだって、なんだか歯切れ悪いよ」

「山田って純文学書きだと思って……いや、その話はやめておこうか」

「え? どういうことですか、部長」

「はるか昔、純文学路線のSFをつくろう、という動きがあった。おれたちが生まれる前の話だが」

「部長。でも、それ、安部公房いるからアリなのでは」

「ここでライバル関係的な話をするとなにかと書けなくなるからやめておこう。確かに、安部公房は純文学だ。そしてSFだ」

「あら、部長。東側では、安部公房はプロレタリア文学だって言われていたの、忘れたのかしら」

「ふむ。安部公房の親は医者だからブルジョワジって言われてもおかしくはないのだが」

「だが、どうしたのです、部長。僕、知らないんで興味あります」

「都市部のアイデンティティクライシスなんかをテーマにすることが多いじゃないか、安部公房は。そこが、労働者という〈顔のない〉〈名前のない〉人間だ、という危機感を捉えたものだ、という解釈だったんだと、おれは思っている」

「相互監視の密告社会も、『砂の女』で示せていたわよね。名作中の名作。SFとしても、純文学としても」

「ふむ。エロティシズムも、佐々山が好きそうな線を攻めているように思えるしな」

「どーいう意味です、部長。わたしは『箱男』の看護婦との情事もいいと思うわ」

「すっごいストレートだな」

「そうそう、最近はキャラ文芸の潮流があるから、過激なのは避ける方向に、エンタメ小説全体が行っているわよね。純文学も、リミッターつけられているようにしか見えない」

「部長も佐々山さんも、〈昔は良かった〉で、この話を終わらそうとしてない?」

「出る幕がないって話をしだしたのは山田だろう」

「そうなんですけどね」

「NGワードの設定を言葉狩りと取るか、そこで新しい表現を見出す契機と見るか。難しいところだな」

「うふふ。〈文学は終わった〉って言われて、どのくらいの長い年月が経ったことかしら」

「だいたい、〈ウェブ小説は『小説』ではなく、『ウェブ小説という読み物』である〉って意見もあるし、その通りでもあるな。いろんな方法で新しい表現が生まれたり、それを吸収してオールドなジャンルも延命するさ」

「そうね。それこそ百合SFだったりキャラ文芸だったり、ね」



〈了〉
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