第107話 恐るべき子供たち【第四話】 

文字数 1,342文字

「ねー、萌木っちー」

 向かいの席に座る杜若水姫が、頬杖ついて、おれに話しかける。

「なんだ、水姫」

「萌木っち、部活、楽しい?」

「そりゃ楽しいさ。部長をやってるくらいだからな。おれたちは受験勉強で忙しいが、おれは部活を辞めてない。一学期は毎日、授業中眠たかったさ。授業が終わったら部活、帰ったら受験勉強の日々だからな」

「本末転倒だぁー。萌木は予備校にも通ってないもんね」

「もとからおれの家に予備校に通う金はないさ」

「あはは。親戚の家住まいだもんねー」

「軽く言う水姫は、おれは好きだよ。普通、重くてそんなこと本人には言えないぜ」

「にゃにゃ! す、好き?」

 首をかしげる水姫。

「深い意味はない」

「だよねー」

 ほっと、胸をなで下ろす水姫。

「今日から夏休みだ。高校最後の夏。文芸部で書いたものを製本する」

「おお。よくあの生徒会長・斎藤めあが許したね! 文芸部を終わらせたいめあが、ねぇ。ふーん。萌木には甘いからなぁ」

「めあは甘くないさ。確かに、おれが部活を引退したら、終わりにするかもしれないが、な」


「うーん。萌木はさぁ。先輩たちがみんなプロの作家になっていったのを見送っていったわけじゃん?」

「ああ。そうだよ」

「辞める気はなかったの、作家になるの、大学に入ってから頑張ればいいじゃん。高校生はべんきょーでもしてればいいんじゃない?」

「勉強は、役に立つからな。勉強は大切だ。だが、執筆のスキルを上げていくためには、歩みを止めるわけにはいかない」

「でも、自分だけプロになれなかったじゃん、萌木」

「あはは。だな。ああ。その通りだ。多くのひとがプロになるのを見送って、おれはただひとり、この〈言葉の森〉を彷徨っているのさ」

「その〈言葉の森〉を去る気はなかったの?」

「去るにしては、あまりにこの森は、美しい」

「美しい、その森に、ずっといたいの? 正直、人生をダメにするよ、その美しさに魅入られて。プロになれる保証なんてないし、プロになってからの生存確率なんて知ってるでしょ?」


「この森はもう、燃えているのかもしれない。なくなってしまうかもしれないし、おれのこの身を焼き尽くしてしまうかもしれない。でも、言葉の森に、残りたいんだ、最後まで」

「バカだね、萌木は」

「おれはバカさ」

「あたしは、そんな萌木が……好き」

「ありがとう」

「バカ! ずるいんだから。こういうときに限って」


「ラーメン食ったらおれは部活だが、水姫は?」

「予備校」

「頑張って」

「バカ萌木! またラーメンおごりなさいよ!」

「わかったって。夏休みは始まったばかりだぜ。受験勉強で暇なんてない、って言うようなタイプじゃないのは、おれは知ってる。いつでもおごるさ」


「いつかその身が焼き尽くされたときに、知ると良いわ。その森の炎を消そうとするひとなんて存在しなかった、ってことにね」




「ああ。だろうな。目に見えてる」

「これだからバカはダメね」

「ダメで結構」

「にゃっは。でも、そーじゃなきゃ萌木じゃないもんね」

「そうだな」



「ほんと…………バカなんだから」



〈了〉
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