第81話 帰納法と演繹法

文字数 1,221文字

 放課後、僕が部室の扉を開けると、佐々山さんが椅子に座り足を組みながら、ハーブティーを飲んでいた。
 カモミールっぽい香りだな。

 佐々山さんは、ティーカップを机に置くと、
「今日も早いわね」
 と、微笑んだ。

「教室に僕の居場所はないからね」

「なーにへたれなことを言っているのかしら」

「どーせ僕はへたれですよー、だ」

「山田くん。この前、青島くんから聞いたんだけど、漫画本を借りパクされたんだって」

「うん。そうなんだよね。一応、一般論として、漫画だと特にパクるのに対して罪悪感ないひと多いよね、の具体例で出した自分の話だったのだけれども」

「本屋でバイトしたこと、わたしはあるけど、小学生でも平然と万引きしていくわね。捕まえて話を聞いても、〈ちょろまかそうとする〉のよね、ああいった手合いは」

「そうなんだよね。イメージだと鬱屈した層がやりそうなものだし、テレビの警察番組だと、いかにもなひとがそういうことをやる、って内容を喧伝してるけど、実際にやってる層は、かなりテレビのイメージと違う」

「まあ、それは本筋とズレるから話を戻すと。青島くん、殴り込みに行く気が満々よ」

「どうしてそういうすれ違いがあったんだろう」



「ふふふ。超有名な論証の話を、思い出しましょうか、山田くん」

「超有名な論証の話?」

「山田くんは帰納法で考えて、一般論化させようとした」

「う、うん」

「山田くんは帰納したその言葉で結果を述べた。青島くんは演繹法を使って、特殊事例を見いだし、そこから解決法を考えた」

「ふむむ……。なんか合ってるのか僕にはわからないぞ。言いたいことはわかるけど」

「大前提として、いつの世も借りパクする奴は多く存在する。と、いうことは、いつの世もパクられる奴も多く存在する。小前提として、その事実があるのに、借りパクはなくなったためしがない。結論として、〈借りパク〉はいつの世も多く存在し、今後もなくならない」

「うーむ、微妙な三段論法が来たぞ。三段論法になってないような。でも、結論としては、ぼくは〈こういうのはなくならない〉ってのは真だと思う」

「偽ではないわね。〈多く存在してしまう〉という風に一般化させることで帰納的な結論導きだし泣き寝入りしようとする山田くん。演繹で特殊的事実を割り出して、つまり山田くんが借りパクされたという〈特殊的事実〉の一件だけはどうにかしようとした青島くん。すれ違いはここね」

「借りパクは存在するという事実は、存在している。けど、〈帰納法〉という一般化と〈演繹法〉の特殊事実をあぶりだす思考法という対立があったのか」

「〈弁証法〉でも使いましょうか、山田くん」

「佐々山さんがミステリクラスタだという事実を思い出したよ……」



「また機会があれば〈論証〉の話、したいわねぇ」

「単純な僕には難しいよー。もっと勉強してからね」



〈了〉
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