第21話 仰向けのままで

文字数 1,069文字

 月天は、ボコボコに殴られて腫らした顔を空に向けて、
「あー、青島ぁ、生きてるかぁ?」
 と、同じく殴られ過ぎて腫らしている顔をしたおれに、言った。
 言ったはいいが、その声はもう、虫の息だ。


「笑える」
 おれは空に顔を向けながら、呟いた。

「笑えるな、ホント」
「あははは……」
「青島。なんだよ、その笑い方。ぎゃはは」


 ひとしきり笑いあったあと、おれと月天は仰向けのままでいる。

「ザ・80年代の不良だ、な」

 おれがそう言うと、月天は噴き出す。

「だな。体育館の裏で仰向けに倒れてるのも、それはそれで様式美か? どうよ、青島」

「月天はどうなんだよ。ナルシズムに酔えるか、今の状況」


 切った口の端を手で拭いて、ゆっくりと月天は起き上がる。
「そーいや、坂口安吾が死んだ太宰に向けて書いた文章があったな」

「あぁ。『不良少年とキリスト』か。太宰の追悼に書いた文章な」
 おれも、ゆっくりと起き上がる。
 身体がまだ、くらくらする。

「ナルシストなのは死んだ太宰だけじゃなく、安吾のその文章もだよな」
「『堕落論』も、〈堕ちる美学〉だし、それが代表作の安吾がナルシストじゃないとは言えないな」
「青島のその二重否定の言い回しも、芝居がかってんぜ」
「ハッ。思わず吹き出すぜ、おれは芝居はできないなぁ」
「〈道化の華〉には、おれも青島も無縁だぜ」

「生きて、ぶっ殺す」

「ああ。今度は、ぶっ殺す。〈殺すために生まれてきた〉んだからな」

「『フルメタルジャケット』かよ」

「じゃぁ、最後はネズミのマーチでも歌おうか?」




 起き上がったおれは、月天に、言う。
「おれは幽霊部員みたいなもんなんだけどさ」

「あぁ? 文芸部のことか」




 下校時刻のチャイムが鳴る。


 チャイムの音と重なるように、体育館の裏で、おれは言う。

「月天。おれと組まないか、文芸部の部員になってさ」

「あはは。共同ペンネームの名前はどうするよ?」




「さぁな」

「誘った理由は?」




「底辺から起き上がるために描かれる文学ってのが、世の中にはあるのさ。人知れず咲く、華のように」

「その華はきっと曼殊沙華みたいな色と形をしてる」

「受けてくれるか、この提案」




「底辺から起き上がるために描かれる文学、か……。悪くねーな。ああ。悪くない」




 そして、文芸部の部員が一人、増えようとしている。

 下校のチャイムが、鳴り終わったそのあとに。




〈了/Re:Start〉
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