第55話 作品の〈底上げ〉がされるとき

文字数 1,533文字

 放課後。
 部室に一番乗りしたのは月天とおれだった。
 こんな日もめずらしい。

 月天は部室の本棚の前に行くと、じっと見やってから、おれに言った。

「しかしよぉ、作家って星の数ほどいるな」

 おれは鞄を下ろすと、椅子に座る。パイプ椅子は軋んで音を立てた。
「ああ。いるな。たくさん」

 月天はあごに手をあて、ふぅむ、と唸った。

「本屋にも、図書館にも、本は無尽蔵にあるかのようだ」

「そうだな」

「作家って、本を書いて、その金で家をつくれるから『作家』なんだと思ってたぜ」

「また喧嘩売ったようなことを言うもんだな、月天」

「プロになっても、名前が売れる、売れないは別だな。プロじゃなくても有名な奴はいる」

「難しい問題だな。例えば有名な話だと、メフィスト賞は受賞しても、三冊以内に売れないと、続刊を出せない、って暗黙のルールがあったりな」

「そうなのか」

「三年後の生存率は1パーセントくらいだ。その中で、十年後の生存率はそのさらに1パーセントくらいだ」

「うっひょう。胸が躍るな!」

「だが、プロになったら〈一生プロ作家である〉って言い方もある。筆名を変えたり別ジャンルで再デビューなんてザラだしな」

「ああ。賞を取った方が注目度は高そうだもんな」

「逆に受賞しないで拾ってもらった方が生存率が高かった、なんて場所もある。あと、新人賞もおかしなもので、なんらかのルートで先に担当編集者がついていて、アドバイスをもらって新人賞に投稿してデビューなんてのも、ザラだな」

「それも受けるな。八百長じゃねーのか?」

「そんなルールはないところが多い。プロアマ問わず、の場所がほとんどだから」

「あはっ。たのしいことはたくさんあるのに、なんでそんな極悪な小説を書くなんて道を選ぶ奴が後を絶たねーのか、不思議なもんだぜ」

「確かに、な。特に売れるプロだと、チートなんじゃねーかってくらい強い奴が多い。どんな人生を歩んできたか、謎すぎる。ただ、下手だったのが、あるとき突然〈開花〉する場合もある」

「才能が開花する、って意味だな。文芸部のホープの青島サマに訊いてみようじゃねーか。どんなとき、ひとは突然グレードが上がる?」

「作品が上手くなるタイミングってのはやっぱりあって、それって〈新しい刺激を受けたとき〉や〈数をこなしているとき〉がほとんどだ。突発的にスマッシュを打てるときはあるが、全体的に作品の〈底上げ〉がされるときは、今言ったふたつのときが多い」

「なるほど。外部刺激……それがどんなかたちかはわからねーが、とにかく内側だけじゃなく、外からの刺激が、ひとの才能を開花させる、か。数をこなすってのは、数をこなす必要性があって、自分の殻を破ったとき、だよな」

「わかってるじゃないか。その通りだよ。ブレイクスルーが、ある。そういうときに、な」



「この文芸部みたいな活動も、外部刺激と言えるわけか。単に〈群れている〉わけじゃねーんだな」

「そういうこった」



 しゃべっていると、その話を遮るように部室の扉を開けて、
「おはよーモーニンッッッ!」
 と叫んで室内に入ってきたのは、もちろん佐々山先輩だ。


「そこぉー、ほもってないで本日の部活、始めるわよ!」

 おれはため息をついて、
「佐々山先輩がなに言ってんのかさっぱりっす」
 と、返す。

 佐々山先輩はぐふふふふふ、とニヤける。

「やる気が出てくるわね! 男子、二人寄れば文殊のラブ!」

「そんなことわざはねーっすよー」


 そんなこんなで、今日も部活が始まる。
 意外とこんな日々に、愛着があるのはおれだけの秘密だ。





〈了〉
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