第95話 要請された偶像

文字数 1,176文字

「内部の人間と外部の人間で、言うことはだいぶ違う」

 萌木部長がいきなりそんなことを言うので、僕は、
「はぁ」
 と、とりあえず頷いておいた。
「部長、それはどういうことで?」


「例えば、おれが言う言葉。この文芸部で言う言葉は、外部だから言える、という部分が大きい。部外者の言葉。でも、全くの外部だったかというと、〈垣間見た〉ことがあるから言える部分もあり、そしてまた、その内部というのはひとつではない」

「ぎょーかいって言っても広いですからね」

「どこの業界も、ムラ社会とは言いながら、団体や会社ひとつひとつで、だいぶルールが違う。だが、今回はひとまとめに内部、という言い方をしてみた」

「うーん。なるほど」

「例を出せないのが申し訳ないが、業界のひとと業界のオタクでは、論理が違う。業界にその業界のオタクが嫌われている、なんてザラな話だ」

「あー、それ、よく言われますよね」

「と、なるとおれが言う話も、ワナビがわめいているだけだ、という言い方もできる。オタクがわめいてるのと同じ、というわけだ」

「ふむふむ」

「オタクが言う、この業界はこうだから、という〈ウワサ〉と、その広がり方が、事情を知っていると、あまりに〈知らない〉から言える、という場面はとても多くあって、じゃあ、オタクに任せればいいのか、というと、その世界の政治経済は、正確には既得権を持った人間の世界は、そうは回らない。わざと外部の論理に従ったように回すことがあっても、それは猿回しの猿として捉えられるだろうしな。人間関係、例えば〈派閥〉だってどの業界も強固にあるし、地盤の〈地元〉の〈因襲〉という名の人間関係だって、素朴にオタクが、こうしなくちゃダメだ、と言っても、そうは動いちゃくれない。それこそ内部にいたら〈世論〉のようなものは、ただのバカがわめいてる風にしか感じられない、と既得権益を持ったものには思われかねないし、実際それだけでは〈動かない〉し、動かした英雄みたいな奴が現れても、だいたいそれはコントロールするのに都合が良かった〈つくられた存在〉であることがほとんどだ」

「そうなんでしょうかね」

「潰そうとしたときに潰す奴が現れても、それもまたどこからか〈要請された〉都合の良い、つくられた存在だ。その実態は、〈虚無〉だ。〈共同幻想あたりがつくりだした偶像〉でしかない」


「いきなり、なにを言っているんですか、部長?」




「出来レースが、あまりに多い。それは別におれたちが話す世界の話だけでなく、どの業界だってそうだ。政治的なものというのは10年先のビジョンを持って行わなければならない、とはよく言ったものだ。なにについても、それは言えることだ」

「今、そう動いてますかねぇ」



「さぁな。おれにはわからんさ」





〈了〉
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