第36話 「よくあることよ」「よくあることっすね」

文字数 1,913文字

「文学観……だ。……文学観はひとそれぞれ、その内に秘めているものだ……。侵されざる領域であり、……他人の信じる文学観を貶すことは文学自体を貶すことにも等しい……グハッ!!」

 萌木部長はそこまで言うと、机に突っ伏した。

 それを見た僕はどうしていいかわからず
「はわわわわ……」
 と、周囲を見渡した。

 佐々山さんは紅茶を啜っている。
 青島くんは、部長の言葉に「うん、うん」と首肯し、腕を組んでいる。
 月天くんは漫画雑誌を読み、そもそも話を聞いてすらいなかった。

「えーーーー? どうしよう……」

「よくあることよ」
「よくあることっすね」

 佐々山さんと青島くんが僕に言う。

「よくあることって……」

「部長だって、メンタルが強いかと言えば、そんなことないわよ。部長として、どっしり構えているつもりではあるけどね」

 佐々山さんは、それだけ言うと、ティーカップを置いて、ゲーミングキーボードを繋いだiPadの画面に視線を戻す。

「山田先輩。部長だってひとの子っすよ。しかも部長をやってるくらいだから、いろんな人間関係があるんすよ。貶されたんでしょ、きっと。おれもそういうこと、よくあるっす」

 青島くんも、パソコンの画面に戻る。

 僕は月天くんの方を見たが、漫画雑誌から視線をあげてこっちを向くと、
「いやー、大変すね」
 と言ってから、湯飲みで茶を啜った。

「はぁ……。なんだろ、僕がおかしいのかな?」

 部長は突っ伏したまま、動かない。
 返事がない。ただのしかばねのようだ。

 あー、と言って顔に手を当ててから、僕の方を振り向いて、佐々山さんは、
「才能がある、ってわけじゃないのよ、みんな。ここにいる、部長も含め、みんな、ね。才能があったら青田刈りされてるわよ」
 と、僕に説明した。

 湯呑を置いた月天くんが、
「おれ、漫画雑誌読んでるすけど、週刊漫画雑誌の作者の多くは、別に同人から来てるわけじゃねーのが本当す。学生時代にスカウトされて業界のこと叩きこまれてるから、十年以上もひとつの漫画を毎週連載とか、出来るような怪物になった、とも言えるっすね。アシスタントの話もまた同じで。青田刈りって言葉は、特に誇張してるわけでもねーっすよ。そういう意味で、おれらは才能あるかなしかで言ったら、そいつらより業界から才能なし、と判断されてるっす。それ前提で書いていかなきゃならねーんすよ、先輩」
 と、僕に言った。

 そこに佐々山さんが付け加えた。

「ウェブ小説は小説ではない、って話、あるじゃない。でも、そんなのどうでもいいの、わたしはそう思うわ。なぜなら、言う奴らは才能があって、『違うルート』でデビューして活躍して、『そういうカルチャー』の批判をしているわけだから。例えば、ツイッターをやっているとバカになる、って話だって、SNSから来た物書きは、そんなことはあまり言わないわよね。宣伝力、やっぱりあるし、有名な作品で、SNSや掲示板、昔だったらBBSで、話していたやりとりの中から生まれた小説、たくさんあるもの」

「えーっと、つまり、どういうこと?」

 ため息でワンクッションおいてから、佐々山さんは言った。

「デビューしちゃって世間的に〈認められてる〉作家ならまだしも、わたしらは、認められていないが故に、世間の非難の対象になってるって話。部長も、結構ボコボコに言葉でぶん殴られてる日々を送っているのよ」

 僕は、なにも言えなかった。
 廃部の危機も、やっぱり、僕らの書くようなものも〈けしからん〉し、〈才能ないからやっても無駄だからやめろ〉とか、もっと言うと〈お遊び〉だとかいうことが原因か。
 そう言えば僕も、書いた小説をチラ読みした奴に〈お前のブサイクな心の中が見えるようだ。ブッサ!〉と笑われたことがある。
 本人を目の前にブッサとか言うやつの心の方が醜い、という問題はさておき。
 小説を書く、ということは、その中でも特に、才能がないのに書き続けるということは、……荊の道だということなのだろうか。

 僕は釈然としないままで、机に突っ伏した部長を見る。
 物書きの道は険しいな、と思った。
 だけど、書いてしまうんだから、仕方ないよなぁあ、とも思う。
 こんな世の中はおかしいと思う僕は、やっぱりこっち側の人間なのだ。

 部長が顔を上げる。

「珈琲を飲もう」

 独り言を呟いて、インスタントコーヒーをつくっている。

「シュガーがないな。甘い物は、飲みたいときにないものだよ」

 部長は舌打ちして、ポットからお湯を注いだのだった。



〈了〉
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