第80話 ポストロック

文字数 1,569文字

 学校の近くにある神社の境内の掃除をしながら、月天が難しそうな顔をしておれのそばに来た。

「どーしたよ、月天。そんな険しい顔しちゃってさ」

「いやさ、青島。おれはどうやらレディオヘッドってバンドが好きなようだ」

「好きなようだ、ってなんだよ。好きなバンドがあるって、いいじゃないか」

「奴らは、紆余曲折あるが、トリプルギターを極めた3rdアルバムのあと、完全に〈ポストロック〉の領域に入っちまったんだ」

「正確には2ndの『Bends』の表題作で極めて、パラノイド・アンドロイドの頃はもう〈あっちのひと〉になっちまった感があるな。おれも好きだぜ、月天」

 おれの言葉に反応して、まわりの女子どもがざわめく。

「いや……好きって、そういうことじゃくてだな。おれも月天と同じでレディオヘッドが好きだ、ってことだよ」
 周囲に聞こえるように、大声を出してみる。

「大丈夫だって、青島。女が、みんながみんな佐々山先輩みたいな奴ってわけじゃないだろう」

「そうだな。で、レディへが好きだから、どうしたんだ。もう一度言うが、好きなバンドがあるって、いいことだと思うぞ」

「ああ。自分がポストロックなんてものにハマるとは思ってもみなかったからな。衝撃だぜ」

「ロッケンローなパンキッシュなのが王道だと考える月天が、確かにレディへにハマるってのも、それまでの反動が来たって感じるな」

「セックス・ピストルズとクラッシュ。その後はハシエンダを経営してたニューオーダー。加えるならばハッピーマンデーズやシャーラタンズ。そこから、ストーンローゼズやプライマル・スクリームを経由してオアシスとブラーが好きになった」

「ん? じゃあ、PJハーヴェイとスウェードとレディヘッドに行く流れじゃないか。英国ロックとしては」

「まあ、そうなんだがよぉ」

「問題があったか」

「レディへの『キッドA』と『アムニージアック』の双子アルバムとそれ以降を聴いていると、多大なインスピレーションを受けるんだ」

「はぁ。いいことじゃねーの、それ」

「小説でも、レディへみたいな〈新しい表現〉がなにかできないか、模索してしまうようになってしまったんだ」

「言いたいことはわかるぜ。あくまで、自分の表現方法、つまり小説でレディへに該当するような作品がつくりたい、と」

「わかってるじゃねーか、青島」

「まあな。おれもオルタナ勢の米国ロック聴いてると、新しい表現を模索したいって思うこと多いからさ」

 ゴミ拾いをしながら、おれたちは話を続ける。
 すると、担任教師から、
「今日はこのくらいにして、学校へ戻るぞー。授業に遅れるなよー」
 と声がかかる。

 おれは舌打ちする。
「うちの担任、ゴミ拾いのことをなにもわかっちゃいねぇ」

 月天も同意する。そのあと、
「ポストロックとポストモダン文学は、……やっぱ似てないしなぁ」
 と、まだ悩んでいるそぶりを見せる。

 おれは自分のあごをさすりながら、
「ポストモダン文学は……トマス・ピンチョンあたりならば、レディへと似たような部分がなきにしもあらず、だがな」
 と、意見を述べる。

「そんなもんかねぇ」
 月天は腑に落ちないようだ。


 境内からおれたち以外は撤退している。
 教師が境内の外から叫ぶ。
「おーい、青島ぁ! 月天! 急げよぉー! 授業が始まっちまうぞー」

「仕方ねぇなぁ、行こうぜ、月天」

「ああ。ブンガクは放課後に、おれたちを待ってるだろうしな。行くか」


 俺と月天は45ℓのゴミ袋を軍手で持って、学校へ戻る。
 放課後は、部活が待っている。
 楽しみは放課後までお預けだ。

「なに、にやけてんだ、青島?」

「ブンガクは楽しいな、ってな」





〈了〉
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