第65話 『キャラクター』と『登場人物』は違う

文字数 1,721文字

「小説には、始まりがあって、終わりがある」

 部活中。
 本日の三題噺が終わったあと、部長がそう言った。

「始まりがあって、終わりがある、か」

 僕は深く息を吐いた。

「あら。小説の始まりと終わりに、この文芸部の始まりと終わりを重ねているのかしら」
 佐々山さんが、萌木部長を眺め、シニカルに笑む。

「そういうわけじゃないんだがな」

「『グイン・サーガ』は完結せずに終わって、でも、永遠を感じるわよ。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』も未完成原稿ですけど、最高傑作でしょう、部長?」

「おれのずっと年上の知り合いに、ひとつの小説を10年以上書き紡いでいる方がいるが、それはそれでいいと思うんだよ。シリーズを持っている作家は強いからな」


 僕は腕を組んで、首をかしげた。
「Web小説も、作者が続けようと思えば続けられるし、終わりが必ずしも必要だとは考えないけどなぁ」

 佐々山さんは吹き出す。
「あと、『エタる』場合ね」

「エタる?」

「創作中のものが永遠の未完で終わることを指した言葉よ。要するに、連載に詰まった状態を指すわ」

「う、うん、……知ってた…………」
 佐々山さんから目をそらす僕。

「ふふ。エタる常習犯。くわえて山田くんはエターナルフォースブリザードも使いこなすものね」

「僕、みんなが凍てつくような氷結魔法使わないって……。ひどいや、佐々山さん!」

「どうかしらね」


 萌木部長は、中断した話の続きを、言う。

「ずっと続けていくのもありだとは思うが、基本的に『作品』というからには、『完成』させないと、それは〈作品として認められない〉と、少なくとも小説に関しては、おれはそう思っているよ」

「ま、『ビューティフルドリーマー』みたく、学園祭の前日を無限ループするのが良いかと言えば、そうじゃなく、物語は物語であるが故に、終わりがある。最後のページがあるのよね。読了しないと、その本の本当の価値はわからない」


「そうなんだよ、佐々山。終わりは、あるからこそ、輝くのかもしれない」

「カタストロフィってことかしらね」

「そうだな。もちろん、それだけではないが」


「うーん、難しくてよくわかんないや」
 僕は急須にポットでお湯を注ぐ。


「それに。おれが部長になってしまったから、立場上言うが、小説は〈人間を描くもの〉だ」

「ふふ、小説は人間を描き、SFは人類を描く、とはよく言ったものね」

「茶化すなよ、佐々山。ここにいる部員は、普段の学園生活で人間関係が上手くいってる奴らじゃないイメージはあるが、それでも勇気を出していろんなひとと話してみるのも、プラスになるだろうな。もしくは、小説を読むという行為が、それに変わるかも、だな」

「人間が描けない、というのは、『キャラクター』と『登場人物』は違う、という話ね」

「書物によっては、それを『キャラ/キャラクター』という分類にしているものもある。キャラクター、もしくは登場人物は、ストーリーが進むと成長することがある。一方、キャラと言った場合、最初から最後まで一貫して、キャラの性格をただ体現して、その役割を果たす、成長をせずに、な。それはすなわち、古典的な漫画の手法だ、という話なんだよ」

 僕は萌木部長の湯飲みと佐々山さんの湯飲みに、急須でお茶を注いだ。
 部長は、
「ふむ」
 と頷いて、グリーンティを飲む。
 佐々山さんは、
「あら、山田くん。今日は気が利くのね。執事喫茶ででも働いたら?」
 と、毒を吐く。


「〈若い奴は人間が描けてない〉と、キャリアを積んだ作家はよく言うものさ。描けていない、と言われた作家も、キャリアを積むと、やはり若手に同じことを言うようになる」
 部長は、くすっと、笑ってから、
「おれも散々言われたけど、そろそろおれ自身も、若手に〈人間が描けていない〉と言う立場になってきたな、と思うと、なんだか笑えるよ」



 僕も自分の湯飲みに茶を注ぎ、息を吹きかけてから、グリーンティをすすった。
 文芸部は、このまま続けることができるのだろうか。
 ずっと続けばいいのになぁ。




〈了〉
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