第48話 相手の出方

文字数 1,422文字

「クラスの奴に漫画を全巻貸したら、返してくれなかったんだよ」

「山田先輩、おれもよくあるっす。漫画だと、ハードルが低いと相手は思っているのか、返してくれないこと多いっすよね」

「青島くんもそういう経験があるんだ?」

「あるっすよ。で、それでどうしたんですか」

「そいつの家に怒鳴りこみに行ったんだよ」

「家に? 山田先輩が。あはは。同行したかったなぁ。山田先輩がキレるとこ、観たかったなぁ。山田先輩みたいな大人しそうなひとほど、怖いからなー。あはは」

「あはは、じゃないよ、青島くん。そいつの家、床屋だったから、正面玄関で『漫画を返せ!』ってそいつの名前出して怒鳴ったら、親父が出てきたんだよ、そいつの」

「親父ってことは、床屋の主人、ってことですね」

「そうなんだよ。で、『ひとのうちの前で怒鳴りやがって! てめぇは病気か!』って怒鳴るんだよ。病気か、っていうのは、もちろんここでは差別的な意味合いがあるわけさ」

「なるほど。親父としては、威圧にプラスして、バカにするっていう重ね技をしたつもりなわけっすね」

「で、僕は『僕は病気だ。鬱で病院に通ってる!』って答えた。そしたらその親父は『病気だぁ? なんでも病気のせいにしてんじゃねーぞ、犯罪者がァっ!』って言う」

「ぎゃははははは! ウケる! てめぇの息子が漫画を全巻、借りパクしたってのに、犯罪者だって言うのか。しかも、別に病気のせいになんかしてねーだろっていう。ていうか病気のせいに、ってどういう意味だよ。ウケるー」

「親父、床屋の中に戻っていって、帰ってきたと思ったら、床屋で使う髭剃りナイフを手に握って現れて『殺すぞ! 今すぐ消えろや!』って」





「ぎゃはははははははははははは!」



「いや、そんなにウケないでよ、青島くん」




「で、返してくれたんですか」

「返してくれない。葉書きで『返してください』って送ったら、床屋の親父から『裁判所に訴えるぞ!』って返信が来た」

「盗んだそいつは? クラスメイトなんでしょ」

「チャラ男グループに入ってる奴で、『返して』って言ったら『そんなの知らねぇ! 幻覚じゃねぇのか、鬱病野郎!』って殴られて、僕はそのグループ全員の嘲笑の的になった」

「そのグループ、教えてほしいっす。シメてくるっす」

「いやいや。シメなくていいから! そのクラスメイトなんだけど、どうも、そのバックには隣の工業高校にいる〈半グレ〉の奴がいるらしいんだ」

「半グレ。反社会的勢力っすね。やってることは暴力団と変わらない奴ら。……バックにいる奴の名前は知ってます?」

「刷毛札、とか言ったかな。そいつが先輩グループの口利き役になってるとかで。近寄らないほうがいいらしいってもっぱらの噂なんだ」

「なるほど」

「ちょっ、青島くん。椅子から立ち上がって、どこ行くのさ。大丈夫、僕は大丈夫だからさ!」

「大丈夫じゃねーっすよ。刷毛札とは、この前、一戦交えたっす。まだあいつ、そんな暴力的権力のひけらかしやってるのかよ、って、思っただけっす」

「嬉しい……けどさ、青島くんが怒ってくれて…………それだけで僕は満足だよ」



「山田先輩。泣き寝入りはダメっす。でも、相手の出方をうかがって様子見のターンっすね。今のところは、おれも動かないす」

「青島くん。危ないことはやめてね」

「了解っす」





〈了〉
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