第60話 いづきとみずき(下)
文字数 1,527文字
佐々山と汁粉屋に来たおれ。
向かいの席には、クラスメイトの杜若水姫が座って汁粉をすすっている。
「ったく、山田くんにしても部長にしても、文芸部の男子はブンガクとか言うわりには、感情の機微がわからないわよね。特に女性の心理なんて、考えたことないんじゃないかしら」
「そう言われると、なんとも言い返せないな」
「そういうとこだゾ?」
「佐々山から殺気を感じるのはなぜだ…………」
足の短い……もとい、背の低い佐々山は、座っている椅子で浮かせた足を前後に揺らしながら、注文した汁粉を待っている。
「佐々山の名前はいづき。そして、杜若の名前は、みずき、だな」
「杜若先輩、水姫ってくらいだから、姫原理で行動しているのかしら」
「姫原理、とは?」
「オタサーの姫の行動原理よ」
「ふむ。聞かなかったことにしようか」
「そういえば萌木先輩? 文芸部の部則について、山田くんと話したらしいじゃない」
「ああ。話した」
「理想論はごもっともですけども。先輩が部長じゃなかった頃、初期は部則もなにもあったもんじゃなくて、でも、その頃がうちの学校の文芸部の黄金期じゃなかったかしら」
「まあ、そうなんだよな」
「嘘はよくないわ」
「嘘とも言いがたいんだが、な」
「部活はずーっとサイエンスフィクションの話題をしゃべっていたり、しゃべった内容をまとめたり。そんなことをしながら、各自、自発的に執筆して、成功したのが本当のこの文芸部じゃなかったかしら」
「ああ。デビューに一番遅れたのは、おれの兄だった。プロになった先輩たちは部活に顔を出す時間がだんだんなくなっていって、兄が部長として収まった。そこでつくったメソッドが、今、おれたちがやっている文芸部の基礎メニューなどだ、な」
「萌木部長のお兄さんがプロ作家になることになったメソッドをやっている、ってのが正しいのに、まるでプロになっていった全員が同じメニューこなしてたかのように山田くんに部長が語った、と伝え聞いているけれども」
「難しいな、そこは、線引きが」
話していると、汁粉が運ばれてきた。
「他人の金で食う汁粉はとっても美味っ!」
汁粉を口に運びながら、佐々山は勝ち誇った。
その顔は満足そうだ。
来た甲斐があったな、とおれは思った。
「ねぇねぇ、萌木ィ。二人、付き合ってんの?」
横合いから投げかける水姫の言葉に、おれは思わずすすり始めた汁粉を吹き出しそうになる。
「付き合っていません!」
すごい形相で反応する佐々山。
断固拒否する! と、佐々山は宣言した。
「なぁんだ、ほっとした」
そう言って立ち上がる水姫。
「お勘定お願いしまーす」
「しばらくお待ちくださいー」
割烹着のウェイトレスが奥から現れてレジカウンターへ。
「じゃ。あたしはそういうことで。テスト勉強するため、帰るわ。じゃーね、萌木。と、佐々山? さん? だっけ? にゃっは」
「ああ。またな」
会計を済ませ店の外に出る水姫を見やってから、汁粉の残りをすする。
「仲よさそうじゃん、杜若先輩と萌木部長は」
「まあ、な」
「わたしは詮索はしないわ、先輩」
「詮索したところで、ホコリ一つ出てこないさ」
「そーでございますか。……ごちそうさまでした」
「はいはい。どういたしまして。激辛麻婆飯だけのオンナじゃないって、知らしめたな、今日は」
「殺す」
「殺すなよ」
「いや、殺す」
今日も平和に、おれの日常は進んだのだった。
帰ってテスト勉強をしなくちゃな、なんて思いながら。
〈了〉
向かいの席には、クラスメイトの杜若水姫が座って汁粉をすすっている。
「ったく、山田くんにしても部長にしても、文芸部の男子はブンガクとか言うわりには、感情の機微がわからないわよね。特に女性の心理なんて、考えたことないんじゃないかしら」
「そう言われると、なんとも言い返せないな」
「そういうとこだゾ?」
「佐々山から殺気を感じるのはなぜだ…………」
足の短い……もとい、背の低い佐々山は、座っている椅子で浮かせた足を前後に揺らしながら、注文した汁粉を待っている。
「佐々山の名前はいづき。そして、杜若の名前は、みずき、だな」
「杜若先輩、水姫ってくらいだから、姫原理で行動しているのかしら」
「姫原理、とは?」
「オタサーの姫の行動原理よ」
「ふむ。聞かなかったことにしようか」
「そういえば萌木先輩? 文芸部の部則について、山田くんと話したらしいじゃない」
「ああ。話した」
「理想論はごもっともですけども。先輩が部長じゃなかった頃、初期は部則もなにもあったもんじゃなくて、でも、その頃がうちの学校の文芸部の黄金期じゃなかったかしら」
「まあ、そうなんだよな」
「嘘はよくないわ」
「嘘とも言いがたいんだが、な」
「部活はずーっとサイエンスフィクションの話題をしゃべっていたり、しゃべった内容をまとめたり。そんなことをしながら、各自、自発的に執筆して、成功したのが本当のこの文芸部じゃなかったかしら」
「ああ。デビューに一番遅れたのは、おれの兄だった。プロになった先輩たちは部活に顔を出す時間がだんだんなくなっていって、兄が部長として収まった。そこでつくったメソッドが、今、おれたちがやっている文芸部の基礎メニューなどだ、な」
「萌木部長のお兄さんがプロ作家になることになったメソッドをやっている、ってのが正しいのに、まるでプロになっていった全員が同じメニューこなしてたかのように山田くんに部長が語った、と伝え聞いているけれども」
「難しいな、そこは、線引きが」
話していると、汁粉が運ばれてきた。
「他人の金で食う汁粉はとっても美味っ!」
汁粉を口に運びながら、佐々山は勝ち誇った。
その顔は満足そうだ。
来た甲斐があったな、とおれは思った。
「ねぇねぇ、萌木ィ。二人、付き合ってんの?」
横合いから投げかける水姫の言葉に、おれは思わずすすり始めた汁粉を吹き出しそうになる。
「付き合っていません!」
すごい形相で反応する佐々山。
断固拒否する! と、佐々山は宣言した。
「なぁんだ、ほっとした」
そう言って立ち上がる水姫。
「お勘定お願いしまーす」
「しばらくお待ちくださいー」
割烹着のウェイトレスが奥から現れてレジカウンターへ。
「じゃ。あたしはそういうことで。テスト勉強するため、帰るわ。じゃーね、萌木。と、佐々山? さん? だっけ? にゃっは」
「ああ。またな」
会計を済ませ店の外に出る水姫を見やってから、汁粉の残りをすする。
「仲よさそうじゃん、杜若先輩と萌木部長は」
「まあ、な」
「わたしは詮索はしないわ、先輩」
「詮索したところで、ホコリ一つ出てこないさ」
「そーでございますか。……ごちそうさまでした」
「はいはい。どういたしまして。激辛麻婆飯だけのオンナじゃないって、知らしめたな、今日は」
「殺す」
「殺すなよ」
「いや、殺す」
今日も平和に、おれの日常は進んだのだった。
帰ってテスト勉強をしなくちゃな、なんて思いながら。
〈了〉