第32話 『インデザイン』

文字数 1,150文字

 放課後、文芸部の部室に入ると、佐々山さんがパイプ椅子に座ってあたりめを噛んでいた。

「あたりめ、うめぇ!」

 振り向きざま、佐々山さんは僕にそう言った。

「おいしいよね、あたりめは。うん。僕もそう思う」

「山田くん、おはよ」

「おはようさん」

 あたりめの先端を口からはみ出させたままもぐもぐさせ、椅子を後ろに傾ける佐々山さん。
 まあ、いつもの光景と言えば、そうだ。

「萌木部長はまだ来てないの。昨日、今日は早く来るって言ってたけど」
「会長と揉めてんのよ、今。文芸部を残すか潰すか、っていう」
「漫画みたいな展開だなぁ。それで、遅れているのかぁ。会長って、生徒会長の斎藤先輩のことだよね」

 佐々山さんは口と指であたりめの先端を引きちぎる。引きちぎったあたりめを咀嚼し、引きちぎった半分も、口の中に丸めこむ。

「『インデザイン』すら、部室にはないからね、部誌でもつくろうって言っても、インデザインもないなんて、酷いわよね。スキル磨けて良いと思うんだけど。部費、めっちゃないのよ、うちの文芸部」

「ワープロソフトで部誌つくってるもんね、うちの部活。アドビのサブスクリプションに課金すら出来ないんだね。モリサワフォントも使えるのに、クリエイティブクラウドは、ね」

「スキル向上も、部活をやる目的のひとつでしょうが。ったく、斎藤ちゃんはこれだから、〈わかってない〉のよね」

 僕はあごに手をやり、しばし「うーむ」と唸った。
 それを見て佐々山さんはくすくす笑って、
「きょーごく先生の真似かよ」
 と、ツッコミを入れた。

「でも、佐々山さん。文芸部なんて、部活としての成果を上げる、ってのは無理があるよね。それを込みで部活やってるのに、部活を潰すだなんて、そんなに合理化したいのかな」

「文科系の部活なんて、そんなもんかもね。前に部長から聞いたことあると思うけど、うちの文芸部は名門だったのよ。その〈過去の栄光〉の後始末を、斎藤会長はしたいんでしょうよ」
「なるほどねぇ」
「わたしたちは、原稿をやりましょう」
「部誌でもつくる?」
「そうね。つぶれる間際の抵抗を、部誌というかたちで行いましょうか」
「ペンは剣より強いかもしれないし」


 と、話が決まったところで、引き戸が開き、

「ロッケンローーーーーーー!」

 と、叫んで、一年の青島くんと月天くんが入ってきた。
 ロケンローと叫んだのは月天くんの方だった。
 青島くんはちょっと恥ずかしそうにしている。

「来たわね、不良少年ズ!」

 佐々山さんが茶化す。

 さ。今日も自分に出来る限りのことをしよう。
 青島くんと月天くんが椅子に座ると、僕も自分の席に座り、ノートパソコンの電源を入れた。



〈了〉
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