第100話 救いの歌はすべて死ぬのさ

文字数 956文字

「あれだ、この前、おれは人間には感情がある、って話をしたのだが」

「言ってましたね、部長。熱く語っていましたね」

「〈政治倫理〉と〈市民倫理〉は別物で、……まあ、ひとからの受け売りなんだが、……おれ、〈責任〉の話をしたじゃないか。つまりあれは、政治倫理は〈責任倫理〉であり、結果責任が問われるってことなんだ。一方で、市民倫理ってのは、市民感情の世界」

「は、はぁ。そうですか」

「市民感情って言ったって、難しい話だぜ? 感情の劣化、とは言うけれど、そうなるようなソーシャルデザインをしてきた既得権益者たちが蒔いた種がこうしてしまって、戻すには、それこそ人文学の出番だろう。なのに、それを潰そうとする方向に向かっているからな」

「そうなんですか?」

「〈常民〉て言葉が意味するところをよく考えて欲しい」

「み、民俗学ですか…………」

「定住が意味したところを考えただけでも、だいぶ問題は浮き彫りになる。一方で、〈爪弾きにされた〉おれのような奴を包括するところもなく、それはつまり横のつながりがないからなのだが……、そういう現代の問題も見えてくるのだ、人文学の話をすると。今までがダメだったら、これからどうにかするしかないじゃないか。それに、それらの役に立つ話は、理系の、実学だけでどうにかなるわけではないさ。インスタントに捉えようと、使えるものだけが、金に変換できるものだけが欲しいなんて、そんな価値観になって、でも、そうなることは予想できたよな、十年前には、すでに。救いの歌はすべて死ぬのさ」



「えーっと、部長?」

「主観的な話をしてしまった。すまない」

「もう。そうですよ、部長。こんなしみったれた話、誰も聴きたくないでしょうに」

「おれも、人格的な問題、実存的な問題をクリアする必要があるな。それをクリアしなければ、生きていく資格もない」

「カフカを実存主義解釈した話でもします?」

「いや、カフカはやっぱり〈マイナー文学のために〉……だ!」

「頑張りましょう!」

「おう! ありがとな、山田」



「そのあと、めちゃくちゃセックスした……」
 そこに、ずっと見ていた佐々山さんが茶々を入れる。



「しないよっ!!」
 突っ込みを入れる僕だった。





〈了〉
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