第58話 焼きそばパン

文字数 1,584文字

「……ずき…………みずき……………………水姫ってば!」

 学校の屋上。
 風が凪いで、心地良い。
 おれは、生徒会長の斎藤めあが、親友の杜若水姫( かきつばたみずき )が学内に見当たらない、というので、めあと一緒に水姫の探索を手伝っていたのである。
 立ち入り禁止の、校舎の屋上に、水姫は、いた。
 フェンス越しに、空と遠くの風景を見ながら、焼きそばパンを食べている、杜若水姫。

「もぅ! 水姫ったら! 探したんだからね、校内の至るところを! どうやってここに来られたの? 鍵、かかってたでしょ! 萌木だって、心配してたんだからね!」

「萌木が? あたしのことを?」
 掴んでいたフェンスの鉄線から手を離し、水姫が、うふ、と含み笑いする。

「違うでしょ。めあと一緒だから、でしょ。こいつが喜んでるのは」

「あ、あ、あ。……ふぇぇ。そういう意味じゃなくてー!」

 挙動不審になるめあと、それをおかしそうに見ている水姫の姿を、おれは見ている。

 今はお昼休みだ。
 一時限目が終わったあと、行方不明になってしまった水姫の姿を、休み時間が来るたびに探していたおれたちだった。

「水姫」

「なによ、萌木ィ!」
 口をとがらせる水姫。

 おれは訊いてみる。
「フェンス越しに、どこを見ていたんだ?」

「遠くよ」
 即答。

「ずいぶんアバウトな答えだな」


 焼きそばパンをかじりだす杜若水姫。
 かじりながらしゃべる。
「どーだっていいでしょ、あたしのことなんて。…………どこかに行けそうで、どこにも行けないこの屋上って場所に、ノスタルジー感じてただけ」

 おれは吹き出しそうになる。

「文学的なこと、言うじゃないか」

「うっさいわ、こぉの、文芸部の部長めっ!」
 焼きそばパンの破片が飛んできたので、おれは避けた。




「……水姫。無事で良かったぁ」
 目からこぼれる涙を指で拭く斎藤めあ。
 めあとしては、最近、情緒不安定になっていた、クラスメートで親友の杜若水姫のことが心配だったのだろう。



「教室に戻ろ?」

「えー? 教室に戻るのー? ここにいたい。ああ、そうだ。三人で屋上にいようよ!」

 めあは返す。
「でも、もうすぐお昼休み、終わっちゃうよ?」

「あたしのお気に入りになりそうなんだ、ここ」

「屋上が、か。水姫がこんなにセンチメンタルなこと言うとは思わなかった」

「萌木は詩情がないなぁ。ポエムりなさいよ、この情景」


「情景……か。よく言ったものだな。情景とは、人の心を動かす風景や場面を指す言葉だ」


「この文芸バカ!」
 まず水姫が言って、
「バカにはその情景をぶち壊す才能だけがあるようね! 萌木のバカ!」
 と、めあが言った。


「おれ、二人に散々な言われ様だな……」




 両手を自分の背中の方に回して、ちょっと屈んで、照れながら、
「でも、バカも嫌いじゃないわ、あたし」
 と、微笑む水姫。


 めあが、ぼそりと言う。
「サボっちゃおうか、午後の授業」


 それは、生徒会長らしからぬ発言であったが、おれは、
「おれも今、そう考えていたところだ」
 と、今思ったことを口に出していた。
「おれの立場でも、サボるのはなしなんだけどな」



「決ぃまりぃーー!」
 ウィンクしてみせる杜若水姫。


 おれたち三人に、まるで秘密基地ができたみたいだった。
 それに、生徒会室から屋上の鍵、取ってきたんだろうしなぁ。
 生徒会の物なら、問題はすこしは減るだろう。
 いや、理屈をつけるなよ、おれ。

 こうして、おれ、めあ、水姫の三人の秘密基地が生まれて。
 その基地は、どこにでも行けそうで、どこにも行けない、そんな特別な場所……文芸部風に言うなら、〈トポス〉だった。





〈了〉
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