第39話 路地裏

文字数 1,289文字

 路地裏でぶん殴られて、ポリバケツに頭を突っ込んだ月天は、気を失っているかのように微動だにしない。

 大通りで他校の不良と闘っていたおれは、不良を蹴散らしてから、月天のいる路地裏へ来た。

 路地裏に入った直後。

 月天のところへ行くのを邪魔するように、不良のボス、刷毛札が拳をボキボキ鳴らしながらおれの前に立ちふさがる。

「きしゃしゃしゃ。〈釘バットの月天〉も、大したことねぇなぁ。きしゃしゃしゃ」

 爬虫類のような眼でおれを見ながら、ピアスの穴を開けた舌をべろーっと出しておれを挑発する。

 刷毛札。

 不良というよりは〈半ぐれ〉に位置している人物。

 さて。どうしたものか。

 月天の方を見る。ポリバケツの中に顔を突っ込んだままだ。

 それを確認したおれは、大通りに聴こえる大声で、

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
 と、叫んだ。
 カラオケ好きのおれのその声はあまりに大きく、刷毛札が一瞬ひるむ。

 目を合わせたまま、おれはダッシュで直進して刷毛札に殴りかかる。

 ダッシュで至近距離まで来ると、刷毛札は蹴りを繰り出す。

 相手の方がリーチが長い!

 おれは殴る体勢から一転した。
 そこに隙が生じる。
 おれは全体重を載せて、ジャンプして蹴りを飛び越えると、ドロップキックした。

 刷毛札が転ぶ。
 と、同時に。
 頭から突っ込んでいたポリバケツ、そこから首を出した月天が、不敵に笑う。
「ハッ! 出番だな!」
「月天! 無事か!」
「おうよ。……喰らいな、生ごみアタックッッッ!」
 月天がポリバケツを刷毛札に向けて投げる。
 それは見事に成功し、中身を散乱させながらポリバケツが刷毛札にぶつかる。
 ぶつかった直後、今度はぶちまけられた生ごみが刷毛札の身体にかかる。
「くっ、くせーぞ、ガキが!」
 刷毛札が顔についたごみを払いのけるその前に。
 地面に落ちて転がったポリバケツを持ち上げ、刷毛札に投擲した月天が、釘バットのグリップを握る。

 そして、スウィングした。

 刷毛札の肌が擦過し、頭からは血が流れ、酩酊して。

 刷毛札は倒れた。
 
 眼がくらくらしているのだろう。
 倒れて動かない。
 見ると気を失っている。

 刷毛札が立ち上がってこないように、おれは迎撃とばかりに、みぞおちを蹴りつける。
 倒れて気を失ったままで、刷毛札は吐しゃ物を吐いた。

「ミッションコンプリートだな、青島」
「月天、おれが来るのをポリバケツに顔を突っ込んで待ってて、おれが来なかったらどうする気だったのさ」
「待てば、お前は来ると信じてたさ」



「へぇ。それはどうも、セリヌンティウス」

「ありがとよ、メロス。チキン野郎じゃないって信じてたぜ」

「『自分も仲間に入れてくれ』と懇願する王様は、いないけどな」

「違いねぇな」


「日常に戻ろう」
「ああ、そうだな」


 おれたちに突っかかってくる奴らは後を絶たない。
 面倒な季節に、おれたちはいる。




〈了〉
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