第73話 雑なカテゴライズ

文字数 1,836文字

「ちーす。おはよーございまーす」

 下を向いていた顔を僕が上げてみると、部室に一年生の青島くんが入ってきたのが見えた。

 佐々山さんは、ぐふふふふ、と笑いをかみ殺してから、
「〈嗤い合うバトル・クリティーク〉の一人、〈ブルースドライバーの青島〉くん、……ね。〈バトル・クリティーク〉のもう一人、〈釘バットの月天〉くんは、今日は一緒じゃないの?」
 と、よくわからないことを言う。

「佐々山さん。なに、その下手くそな二つ名みたいな奴。青島くん、聞いて顔をゆがめているよ」

「山田くんは、疎いわねぇ。本当にうちの文芸部の不良コンビは二つ名で呼ばれるようになったのよ?」

「え? そうなの? 青島くん」

「おれは知らねーすよー」

「とか言いつつ目をそらしちゃってぇー。ふふ。漫画みたいね。〈異名〉なんてねー」

 二つ名とは、本名や正式名称ではないがそのひとの呼び名として一般的に用いられている呼び名のことを指した言葉だ。
 つまり、本人じゃなくて、まわりがそう呼んでいる、ということ。

 僕は感心した。
「はー。〈嗤い合うバトル・クリティーク〉ねぇ。意味がわかんないや」

「山田先輩。おれもいまいちなにを言ってるのか、この二つ名、意味がわからねーんすよ。しかも〈ブルースドライバー〉って……ギターのエフェクターかと思ったっす」

「ああ。オーバードライブのコンパクト・エフェクターにも、そういうの、あったね」

「おれ、歪んでるんすかね」

 佐々山さんは、楽しそうにしている。
「いいわねぇ! 漫画みたいで! 漫画、わたしは好きよ! さすが、デキる後輩は〈ひと味違う〉わね!」

「デキる後輩なんかじゃねーっすよー」

 さらりと躱す青島くん。


 青島くんは、思い出したように、言う。
「そういや漫画、漫画とは言うけれど、漫画とラノベって全然違うものっすよね。ライト文芸とかキャラ文芸って呼ばれてるのも、さらにまた違うし」

 佐々山さんは、意見を述べる。
「そうねぇ。それ言ったら赤川次郎先生の文体は昔からライトノベル的だったけど、誰も指摘しないし、ラノベだなんて誰も思ってない。ミステリには、特にメフィスト周辺の作品はライトノベルだ、って騒がれた小説も数多くあるけれども、ラノベじゃないわよねぇ」


 僕も付け加える。
「SFでも新井素子先生はラノベの始祖の一人として知られているけど、平井和正『幻魔大戦』だって、リーダビリティも内容も、ラノベだし、ラノベだって言えばそうなんじゃないかって作品は多いよね。でも、そういったSFも、ライトノベルとは〈本質的に違う〉よね」

「そうねぇ。ジャンル分けはレーベルで決めてるって話もあるけれども、出版社はどこも〈越境〉を始めたわよね。もう、カテゴライズするのがバカみたい」

 青島くんも、それに応じる。
「ウェブ小説も、ラノベじゃないっすよね。ただ、こっちはフォーマットっていうか、媒体がウェブってこともあって、〈親和性〉という意味合いでならば、ゲームに近いところがある」


 僕は頭をくしゃくしゃにかいてから、
「要するに、〈全部が違うもの〉なんじゃないかな! あと、作家によっても、作品ごとによっても、ひとつひとつ検証していかなきゃならないくらい違うのに、雑にカテゴライズしようとするから、こういうくだらない論争になるし、だいたいそこで焦点になってるラノベって、〈差別的な意味合いを含んでいることが多い〉のもまた、違いないところではあるよね」
 と、意見を出した。

「ひとはカテゴライズして敵味方をつくらないと生きていけない動物なんすかね」
 青島くんは、まとめるように言った。

「うふ。カテゴライズして無害化させようとする。青島くんと不良くんのコンビ名が、二つ名として県下に知れ渡っているように、ね」

 そこに、
「ちーっす」
 と大きな声を出して部室に入ってくる、がたいのいい男子生徒。
 それはもちろん、月天くんだ。
「遅れました。すまねーっす」

「じゃ。部活、朝練を始めましょうか」

 佐々山さんがそう言うので、僕は、
「部長は?」
 と、尋ねる。

「生徒会室よ。たぶん、ね」
 と、だけ言って、手を叩いて、
「はーい。始めるわよー」
 と、部活を始める合図をした。



 今日も良い天気の朝だ。
 まるで、世界が平和なんじゃないか、と勘違いするくらいに。





〈了〉
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