第15話 ひとは小説を書くのをやめないだろう
文字数 2,287文字
今日は山田くん来ないわねー、なんてわたしは思いながら椅子に座って足をぶらぶら動かしていると、萌木部長も同じなのか、暇そうにペンをくるくる手で回して遊んでいる。
山田くん、彼はこの部活にとって大切な存在になっている、のだと思う。
「山田くん、来ないですね」
「やっぱあいつがいないと暇になるな」
「あ、やっぱり部長もそう思います?」
「言っておくが佐々山、おまえが思っているような意味じゃないからな」
わたしは「ぶー」と言って不満を述べる。
「わたしだっていつも腐った女子になってるわけじゃないですよーだ。そういう意味じゃないもん」
「ふむ」
なーにが「ふむ」なのか、このひとは。
そして会話が途切れ、わたしはまた浮いた足をぶらぶら動かす。
部長は急須で淹れた梅昆布茶を一口飲んでから、「はぁ」と大きく息を吐いた。
「近々、小説は書くのが人間から人工知能に置き換わるだろうという意見があるが」
同じくお茶を飲み始めていたわたしは咳き込んでお茶を吹きそうになる。どうにか飲み込んだ。ちょっと汚いけども。
「ごほごほ。いきなりどうしたんです。……で。それで、それがなに、どうしたんですか」
「ああ。例えば人工知能が素晴らしい小説を量産するようになってもひとは小説を書くのをやめないだろうな」
「どうしてそう思うのか、意見を聞こうかしら」
「『書く喜び』があるからな。書く内容が苦悩であれ、完成した時は喜びに包まれるし、苦悩が浄化される、というのもある。あの感覚がある以上、人間は小説を書くのをやめないだろう」
「なるほどねぇ。月並みではあるけれども。そういえばここにいない山田くん。彼はこの前の即売会で自作小説を売って散々な結果だったらしいけど、彼の場合はどうなんでしょうね」
「山田は部活以外でもいろいろな活動をしてるからなぁ。前は小説を書ききることすらできなかったのに」
部長はそう言うと、自分の言葉にくすくすと笑う。まるで自分の恋人の悪い点をあげて笑うかのように。……って、いけない、そんなこと考えちゃ。
「山田は、色々なことをやってるのに結果が伴っていないな」
「えー。そんなダメな山田くんが好きなんでしょー、部長」
わたしが茶化していると、部室の扉が開く。
「ちーっす。部活しに来ましたー」
チャラい声。一年生の青島くんだ。
「あら、こんちにちは、青島くん」
「ここでタイミング良く山田が来ると思ったが」
外国の映画みたいに肩をすくめる部長。
「え? おれ、必要ない……?」
「そんなことないわよ。ていうか毎日部活には顔を出しなさい! ところで青島くん。人工知能が小説を書くの、どう思う?」
「おれの意見っすか? そうですねぇ……。この前、自分でつくったシナリオを元にノベルゲームつくったんすけど、ベースになるソフトっていうか、『道具』があって、それ使えば今はある程度、工夫次第でどうにかゲームだってつくれるんすよ。夢を実現できる、つくるだけ、に限定すれば。技術的なハードルは年々低くなってる。その世界に人工知能が現れて創作をしだしても、特に問題ないっすよ。人間より優れたのをつくるだろうけど、それって、小説投稿サイトで底辺にいるおれが今更なにに、どこらへんを怯えるんだよ、って話っすかね」
わたしは青島くんがノベルゲームを自作していることに驚いたが、主旨とずれるので、そこはあえてスルーした。ていうかそれ、絶対えろげよね。青島くん……。
「ふーん。もっとロボットの反乱とか、ロボット三原則論議にでもなると予想してたんだけどねー。部長も青島くんも、人工知能肯定派なのね」
「いや、佐々山。ルールは破るためにある。アシモフのロボット三原則がそうであるように。人間が脅かされても規制をすり抜けて時代は進んでいくだろうな。人工知能の進化は止められないさ。生命科学にしたって倫理的問題を乗り越えていくだろう。同じことさ。それに、創作の競争相手が増えることに、特に問題ないだろう、青島が主張するようにな」
青島くんは体重を大きくかけて椅子にどさっと音を立てて座る。
「久しぶりに部活に来たら、未来やらディストピア論の話になっちゃって。人工知能の前に、おれは人様より知能なんかねーすよ? って、それはそうと、今日来たのはですね。山田先輩の出した同人誌を持ってきたからなんすよ、この前の即売会の!」
「でかしたぞ、青島!」
きゃいのきゃいの騒いで同人誌を読む男子二人を横目に、わたしはお茶を飲んで、窓の外を見た。鴉がかーかー鳴いてる。
「ふぅ。二人とも。即売会に出店するっていうのに、部員が助けに行かないのも、山田くんの敗因のひとつだと思うわ。……青島くん、自分では行かなかったんでしょ、即売会に」
「なんでわかるんすか、佐々山先輩!」
「青島くんとは趣味が違うんじゃないかな、と思ってね」
わたしが言うと青島くんは、
「だって、このえろ同人創作小説はちょっと……」
と、正直に言った。
うん。
わたしも「それはないわー」と思う内容だった。
部長は、
「ふむ。マゾッホだな」
と浮かれているけども。
まあ、この世界に身を置くと、みんなひとのことは言えなくなるけどね。わたしもそういうのも書くし。
いろんな趣味の小説があるけれども、わたしたちは結局同じ穴のムジナなのよね……。
〈了〉
山田くん、彼はこの部活にとって大切な存在になっている、のだと思う。
「山田くん、来ないですね」
「やっぱあいつがいないと暇になるな」
「あ、やっぱり部長もそう思います?」
「言っておくが佐々山、おまえが思っているような意味じゃないからな」
わたしは「ぶー」と言って不満を述べる。
「わたしだっていつも腐った女子になってるわけじゃないですよーだ。そういう意味じゃないもん」
「ふむ」
なーにが「ふむ」なのか、このひとは。
そして会話が途切れ、わたしはまた浮いた足をぶらぶら動かす。
部長は急須で淹れた梅昆布茶を一口飲んでから、「はぁ」と大きく息を吐いた。
「近々、小説は書くのが人間から人工知能に置き換わるだろうという意見があるが」
同じくお茶を飲み始めていたわたしは咳き込んでお茶を吹きそうになる。どうにか飲み込んだ。ちょっと汚いけども。
「ごほごほ。いきなりどうしたんです。……で。それで、それがなに、どうしたんですか」
「ああ。例えば人工知能が素晴らしい小説を量産するようになってもひとは小説を書くのをやめないだろうな」
「どうしてそう思うのか、意見を聞こうかしら」
「『書く喜び』があるからな。書く内容が苦悩であれ、完成した時は喜びに包まれるし、苦悩が浄化される、というのもある。あの感覚がある以上、人間は小説を書くのをやめないだろう」
「なるほどねぇ。月並みではあるけれども。そういえばここにいない山田くん。彼はこの前の即売会で自作小説を売って散々な結果だったらしいけど、彼の場合はどうなんでしょうね」
「山田は部活以外でもいろいろな活動をしてるからなぁ。前は小説を書ききることすらできなかったのに」
部長はそう言うと、自分の言葉にくすくすと笑う。まるで自分の恋人の悪い点をあげて笑うかのように。……って、いけない、そんなこと考えちゃ。
「山田は、色々なことをやってるのに結果が伴っていないな」
「えー。そんなダメな山田くんが好きなんでしょー、部長」
わたしが茶化していると、部室の扉が開く。
「ちーっす。部活しに来ましたー」
チャラい声。一年生の青島くんだ。
「あら、こんちにちは、青島くん」
「ここでタイミング良く山田が来ると思ったが」
外国の映画みたいに肩をすくめる部長。
「え? おれ、必要ない……?」
「そんなことないわよ。ていうか毎日部活には顔を出しなさい! ところで青島くん。人工知能が小説を書くの、どう思う?」
「おれの意見っすか? そうですねぇ……。この前、自分でつくったシナリオを元にノベルゲームつくったんすけど、ベースになるソフトっていうか、『道具』があって、それ使えば今はある程度、工夫次第でどうにかゲームだってつくれるんすよ。夢を実現できる、つくるだけ、に限定すれば。技術的なハードルは年々低くなってる。その世界に人工知能が現れて創作をしだしても、特に問題ないっすよ。人間より優れたのをつくるだろうけど、それって、小説投稿サイトで底辺にいるおれが今更なにに、どこらへんを怯えるんだよ、って話っすかね」
わたしは青島くんがノベルゲームを自作していることに驚いたが、主旨とずれるので、そこはあえてスルーした。ていうかそれ、絶対えろげよね。青島くん……。
「ふーん。もっとロボットの反乱とか、ロボット三原則論議にでもなると予想してたんだけどねー。部長も青島くんも、人工知能肯定派なのね」
「いや、佐々山。ルールは破るためにある。アシモフのロボット三原則がそうであるように。人間が脅かされても規制をすり抜けて時代は進んでいくだろうな。人工知能の進化は止められないさ。生命科学にしたって倫理的問題を乗り越えていくだろう。同じことさ。それに、創作の競争相手が増えることに、特に問題ないだろう、青島が主張するようにな」
青島くんは体重を大きくかけて椅子にどさっと音を立てて座る。
「久しぶりに部活に来たら、未来やらディストピア論の話になっちゃって。人工知能の前に、おれは人様より知能なんかねーすよ? って、それはそうと、今日来たのはですね。山田先輩の出した同人誌を持ってきたからなんすよ、この前の即売会の!」
「でかしたぞ、青島!」
きゃいのきゃいの騒いで同人誌を読む男子二人を横目に、わたしはお茶を飲んで、窓の外を見た。鴉がかーかー鳴いてる。
「ふぅ。二人とも。即売会に出店するっていうのに、部員が助けに行かないのも、山田くんの敗因のひとつだと思うわ。……青島くん、自分では行かなかったんでしょ、即売会に」
「なんでわかるんすか、佐々山先輩!」
「青島くんとは趣味が違うんじゃないかな、と思ってね」
わたしが言うと青島くんは、
「だって、このえろ同人創作小説はちょっと……」
と、正直に言った。
うん。
わたしも「それはないわー」と思う内容だった。
部長は、
「ふむ。マゾッホだな」
と浮かれているけども。
まあ、この世界に身を置くと、みんなひとのことは言えなくなるけどね。わたしもそういうのも書くし。
いろんな趣味の小説があるけれども、わたしたちは結局同じ穴のムジナなのよね……。
〈了〉