第45話 ぶんぶんがくがく:1
文字数 1,845文字
「フランク・ザッパの音楽は、どう考えてもオルタナティヴだよな」
朝、登校中に出くわした月天とおれは、とぼとぼと歩いていた。
そのとき、不意に、おれの横を歩く月天がそう言ったのだった。
おれも腕を組んで考えた。
「ザッパ、なぁ。レコメンドやレビュー書くには最適だっつー話か? 伝説多いしな」
月天が人差し指でおれをビシィッと指さして、
「そう! 変人なんだよ、あいつ」
と、言う。
「でも、大抵の洋楽ミュージシャンは変態的なところ、あるだろう。特に昔は、変人なのをアピールするために日常的にパフォーマンスするミュージシャンも多かった、とか言うし」
「チッチッチッ! 青島。お前はわかっちゃいねぇな」
「ん? どういうことだ?」
「フランク・ザッパは」
月天が道路の縁石に登り、器用に歩く。
「ザッパはさ、最初、オーケストラの作曲家になりたかったんだよ」
「クラシックのってことか? ビッグバンドっていう意味じゃねぇよなぁ」
「そう。クラシック。コンテンポラリーかもしれないけど、とりあえず、クラシックって意味だ。でも、音源つくるの、予算が足りなくて、クラシックでやろうとしてたことを、ロックバンドで再現した」
「再現……そういやインスト曲多いな、バンド楽器使ってた奴でも。曲構成も、その点ではポップスとは全然違う展開をしていくよな」
「プログレとはまた別なんだよ、曲が複雑でバンド編成でいても」
「ちなみに、アルバムはどれが好きなんだ? 実験的なアルバムが多いじゃないか」
「おれ一押しは、1969年発表の『Hot Rats』だな」
「オルタナティヴってのは」
「日本語では『代替的』って訳す」
「オルタナの源流のひとつがザッパって理解してるわけか、月天は」
「そういうことだぜ。まさに代替的だろ?」
縁石からジャンプして、歩道に着地する月天。
おれはそれを眺めて、
「ふーん」
と、うつろに息を漏らす。
おれは月天の話に異論を出す。
「ザッパは曲によってはR&B的な部分とロック的な部分を、聴きやすくポップに仕上げてるイメージが、おれはあるけどなぁ。月天は、それとはまた違う解釈なんだな」
「まあ、なんつっても気分屋で、アルバムごとに様相を変えるミュージシャンだからな。まあ、でもルーツは今、青島が言ったところにあるかも、とは思うね。あくまでやりたいのは、極上の緻密さだと思うからさ」
「極上の緻密さを求める所以となった、ザッパのルーツか」
「自分のルーツって、大切だと思うわけよ。そいつのバックボーン……創作の背景って奴が。〈ルーツ〉は〈文脈〉につながるから」
「文脈……。コンテクストか」
「そいつの創作の文脈が〈見える〉クリエイターは、とっつきやすさがあって、作品に触れるときに安心感がある」
「ふーん。まあ、そうだろうな」
「小説や文学の世界にも、そういうの、あるだろ?」
「そりゃ、あるなぁ。ルーツがあって、それを掴んで〈提示できる〉作家は、強い」
「青島。おれも文芸部員になったわけだし、ちょっと尋ねようかな。ルーツっていうと、どんな風だ?」
「文体論で言えば、だけどさ。例えば町田康は関西弁で文章を書くけど、岩野泡鳴からの伝統の延長線だから評価されるという考え方がある。阿部和重の「シンセミア」以降の東北弁文章も中上健次的土着性として評価されてる節がある。つまり、正統な日本文学の後継者だ、って意識にもそれはつながっているだろうし。村上春樹の、特に初期作品は海外小説の翻訳文体にポストモダン文学を掛け合わせているよな。そこの部分が、村上春樹を日本文学史的に位置づけるのが難しい一因にもしているんだけどさ。でも、翻訳文体っていう武器を持っているのは、文学史的な位置づけが難しいだけで、読者からすると、馴染みがあって、ルーツが見え隠れしているようにも思える。そんな風にみんな、たまたまかもしれないが「ルーツ」と受け手が考えてしまうものが〈読める〉んだ」
月天は目をこすってから、
「部活の朝練、どうする? ルーツでも探しに行くか?」
と、おれに訊く。
「たまには部室に顔を見せようぜ。ルーツって言うと、なんだか〈自分探し〉みたいだがな」
「だな。ちげーねぇ」
二人で大爆笑した。
こんな感じで、今日もおれたちの一日が始まる。
〈了〉
朝、登校中に出くわした月天とおれは、とぼとぼと歩いていた。
そのとき、不意に、おれの横を歩く月天がそう言ったのだった。
おれも腕を組んで考えた。
「ザッパ、なぁ。レコメンドやレビュー書くには最適だっつー話か? 伝説多いしな」
月天が人差し指でおれをビシィッと指さして、
「そう! 変人なんだよ、あいつ」
と、言う。
「でも、大抵の洋楽ミュージシャンは変態的なところ、あるだろう。特に昔は、変人なのをアピールするために日常的にパフォーマンスするミュージシャンも多かった、とか言うし」
「チッチッチッ! 青島。お前はわかっちゃいねぇな」
「ん? どういうことだ?」
「フランク・ザッパは」
月天が道路の縁石に登り、器用に歩く。
「ザッパはさ、最初、オーケストラの作曲家になりたかったんだよ」
「クラシックのってことか? ビッグバンドっていう意味じゃねぇよなぁ」
「そう。クラシック。コンテンポラリーかもしれないけど、とりあえず、クラシックって意味だ。でも、音源つくるの、予算が足りなくて、クラシックでやろうとしてたことを、ロックバンドで再現した」
「再現……そういやインスト曲多いな、バンド楽器使ってた奴でも。曲構成も、その点ではポップスとは全然違う展開をしていくよな」
「プログレとはまた別なんだよ、曲が複雑でバンド編成でいても」
「ちなみに、アルバムはどれが好きなんだ? 実験的なアルバムが多いじゃないか」
「おれ一押しは、1969年発表の『Hot Rats』だな」
「オルタナティヴってのは」
「日本語では『代替的』って訳す」
「オルタナの源流のひとつがザッパって理解してるわけか、月天は」
「そういうことだぜ。まさに代替的だろ?」
縁石からジャンプして、歩道に着地する月天。
おれはそれを眺めて、
「ふーん」
と、うつろに息を漏らす。
おれは月天の話に異論を出す。
「ザッパは曲によってはR&B的な部分とロック的な部分を、聴きやすくポップに仕上げてるイメージが、おれはあるけどなぁ。月天は、それとはまた違う解釈なんだな」
「まあ、なんつっても気分屋で、アルバムごとに様相を変えるミュージシャンだからな。まあ、でもルーツは今、青島が言ったところにあるかも、とは思うね。あくまでやりたいのは、極上の緻密さだと思うからさ」
「極上の緻密さを求める所以となった、ザッパのルーツか」
「自分のルーツって、大切だと思うわけよ。そいつのバックボーン……創作の背景って奴が。〈ルーツ〉は〈文脈〉につながるから」
「文脈……。コンテクストか」
「そいつの創作の文脈が〈見える〉クリエイターは、とっつきやすさがあって、作品に触れるときに安心感がある」
「ふーん。まあ、そうだろうな」
「小説や文学の世界にも、そういうの、あるだろ?」
「そりゃ、あるなぁ。ルーツがあって、それを掴んで〈提示できる〉作家は、強い」
「青島。おれも文芸部員になったわけだし、ちょっと尋ねようかな。ルーツっていうと、どんな風だ?」
「文体論で言えば、だけどさ。例えば町田康は関西弁で文章を書くけど、岩野泡鳴からの伝統の延長線だから評価されるという考え方がある。阿部和重の「シンセミア」以降の東北弁文章も中上健次的土着性として評価されてる節がある。つまり、正統な日本文学の後継者だ、って意識にもそれはつながっているだろうし。村上春樹の、特に初期作品は海外小説の翻訳文体にポストモダン文学を掛け合わせているよな。そこの部分が、村上春樹を日本文学史的に位置づけるのが難しい一因にもしているんだけどさ。でも、翻訳文体っていう武器を持っているのは、文学史的な位置づけが難しいだけで、読者からすると、馴染みがあって、ルーツが見え隠れしているようにも思える。そんな風にみんな、たまたまかもしれないが「ルーツ」と受け手が考えてしまうものが〈読める〉んだ」
月天は目をこすってから、
「部活の朝練、どうする? ルーツでも探しに行くか?」
と、おれに訊く。
「たまには部室に顔を見せようぜ。ルーツって言うと、なんだか〈自分探し〉みたいだがな」
「だな。ちげーねぇ」
二人で大爆笑した。
こんな感じで、今日もおれたちの一日が始まる。
〈了〉