第77話 燃えつきた地図

文字数 883文字

 快楽の中で死にたいと呟いているような、緩慢な死を生きている。
 自画自賛と自己否定の波に揺らいで、いっそのこと消し飛びたいとさえ願っている。
 おれはどこを歩いていたんだろう。
 一体この道に、なにを期待しろというのだろう。
 帰り道はなく、後ろを振り向いたときに、おれは闇に飲まれるだろう。


 賢しげなペテン師に連れて来られたここは、浮世という名称だったか。
 軽蔑してくれ、軽薄な人々よ。
 さぞかし頭がよろしいのでしょう。
 違いないのならば。
 ならば……狂う前のおれに楽園をみせてくれ。
 ここが愉しい場所だと錯覚させてくれ。
 騙しきってくれよ。
 嘲りや差別なんてこの世にはないと、思い込ませてくれ。



 自分の体内から存分に吐血して、おまえの顔を汚したい。
 けがれてしまえ、その雪のような、凍るような涙を打ち消し染めるように。


 暗がりの中で見る相手は誰にも見せない表情を見せてくれるが。
 優越感に浸れるほどのナルシズムなんて、おれにはないんでね。


 青春の定義が青い春だというのなら、この体液に塗れた赤い春はなんと呼ぶ?


 溶解していく魂が、機械のグリスが摩耗して動かなくなる寸前と似ていて。
 スクーターのマフラーの音を立てて、静かにおれを殺す。


 嘘を吐くなと、嘘つきはいつだって言う。


 台本がないのはおれだけなのか。
 笑えない喜劇ほど滑稽なものはないけれど、おれの人生は諧謔の味がして。
 吐き出したい言葉はすべて自律神経が失調し、発音した声色で唾と一緒に飲み込んだ。
 ここから始めるか、迷い子の、迷い道が、獣道の最果てに至るように。
 吐血して果てて。
 やがておまえは地上を堕胎する。
 創世と黙示録は紙一重。
 生命の神秘はここじゃないさ。
 ほかをあたってくれ。
 ここにあるのは、分泌の饐えた匂いの渦と筆禍。
 舌下錠のカプセルを乗せたら、あとは沈黙に堕ちていくだけだ。


 さぁ、その引きつった笑顔で嵌め殺してくれ。
 おやすみ、世界。
 また明日という地獄で会おう。





〈了〉
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