第10話 掴みが下手

文字数 930文字

「掴みが下手なんだよ」


 おれはため息を吐いた。

「青島は、アレか? お笑い芸人でも目指しはじめたのか?」

「月天。いいところ突くじゃないか。『掴み』が大事なんだよ、文芸って。お笑いと同じく。一行目で本を閉じられるおれは、だから掴みが下手だ」

 月天はそれを聞いてゲラゲラ笑う。

 ちなみにここ、中華飯店の中だ。
 店内はガヤガヤしてて、その中で食べるスタイルの店で、月天が大笑いしてたって大丈夫。

 月天がおれの肩をぽんぽんと叩く。

「なんだ。お笑い目指してるなら手伝ってやってもいいぞ」

 それから、手を引っ込めたかと思うと、肩をすくめてみせる。

「……って言おうとしてたのに。青島はまだ小説を書いていたのか」

「でも、お笑いと小説は似ててって話だよ。……ああ、コントってのもあるしな」

「知ってるぞ! コントと言えば、坂口安吾だな!」

「そう、安吾の笑劇(ふぁるす)な。……って、なんで知ってんの、月天?」

「安吾好きなんだ。堕落論は何度読み返したものか。不連続殺人事件もな」

「だいたい、月天がびみょーに話が合うことがあるのが、おれとしても困るんだよな。だからこうして一緒に飯なんか食いに来ちゃったりする」

「でさ、一行目の話だろ。まあ、わかるよ。おまえ、くっそダラダラ語るモードではじめてるだろ。しかも書く内容をてきとーにしか決めないで」

「今日のおまえはおかしいよ。なんで鋭くおれの作品を批評出来るんだ……」

「あれな。普通『書き出しの一行目』は、最後まで書いてから書き直すか、ウェブで連載の場合は、自分でもわかってないでもいいから、伏線はれるような言葉を出してフックを効かすことを考えるもんだぜ」


「…………」


「な、なんだよ、悪いかよ。この話題に食いついて……」

「月天。おまえ、お笑いが好きなんだよな」
「ああ」

「おまえ、家でコントの脚本書いてるだろ」



「う……。ちょっっっっ! やめろ! おれは黒歴史なんかつくってないいいいいいいいい」

「今度見せてくれよ」
「うぎゃあああああああああぁぁぁぁ」



 耳をふさぐ月天の叫び声は、おれにはこの日一番の見世物だった。



〈了〉
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