第71話 YELLOW YELLOW FIRE.

文字数 1,427文字

 部室。
 久々に僕こと山田と、萌木部長の二人だけが室内にいる。
 部長が口を開く。

「トポスについて考えていたんだ」

「は? はぁ。あれですよね、ウィキ的には、 例えば、大江健三郎の『四国の谷間の森』や中上健次の『紀州』『熊野』だったり」

「そうすると、だ。『トポスとは、元々はギリシャ語で場所を意味する。 日本で小説を論じる文脈でこの語が使われる場合、歴史や神話が畳み込まれ、特別な意味を持ち、物語を発生させる場所という意味になる』という説明が、〈わかるんだけど、わからない〉になってしまう。少なくともおれは、な」

「大江や中上に対して、なにか言いたそうですよ、萌木部長。言っちゃってくださいよ」


「いや、大江健三郎の描く四国の谷間の森って、子供たちが反乱を起こしてユートピアをつくろうとして失敗する、とかそんなのだろ。中上健次の『熊野』は基本、美形の血を継いだ美しい兄ちゃんたちが早死にする場所だしな。『紀州サーガ』にしても、血縁で殺すだの殺されるだのがメインになる」

「紀州サーガ……枯木灘から地の果て至上の時、……か」

「紀州サーガは親殺しのテーマを背負っているな。あとは、カインとアベル的な要素も。構造主義が読んでいてちらつく。大江の万延元年のフットボールやM/Tを見ると、これも構造主義で語るのが良いような感じ、するだろう?」

「構造主義?」

「構造主義。自分では判断や行動の『自律的な主体』であると信じているけれども、実は、その自由や自律性はかなり限定的なものである、と事実を徹底的に掘り下げたことが、構造主義のあぶり出した〈構造〉なんだ」

「よくわからないのですが、部長」

「おれはおれの意志で歩く。だが、本当にそうだろうか。自分が歩くために考えた〈その思考〉がイコールで〈自律的〉なのは、実は誤りで、その背後にある『構造』がおれたちを駆動させているのではないか。そう考えるわけだ」

「無意識がそうさせる、みたいな?」

「神話には構造があって、それが〈物語元型(アーキタイプ)〉と呼ばれる。文化の発達してない未開の場所、歴史が欠落した場所でも、構造があるんだ。これはもう、計算しているわけじゃないんだ。無意識、というのも、遠からずだ」

「大江健三郎の万延元年のフットボールは確か、先祖と同じことを、主人公が知らず知らず反復してしまうんですよね」

「だな。そういうのが、〈構造〉が露骨にむき出しになっている部分でもある」

「うーん。なんだかこれはもっと掘り下げて語る必要がありそうですね」

「なにを言いたかったかというと、トポスはその作家にとって特別な磁場が働く唯一無二の場所なのだが、それは祝福されているとは言えないのがほとんどだ、という話さ」

「劇や小説の悲劇的な結末。破局。そう、カタストロフィ、か。カタストロフィの誘因になったりもするんだな」

「ナラトロジー。ナラティブについて話せれば良いのだが、時間切れだ。……そろそろみんな部室に集まってくる頃合いだな」



「おはよーモーニンッッッ! そこぉ、ほもってないで部活の時間よー! 山田くん、ミルクティを淹れて頂戴!」

 佐々山さん登場。

「あー、わーりましたよーっと」

 僕は渋々と、ティーポットを用意する。
 ここは、この文芸部は、僕のトポスと、言えるのだろうか…………。
 ふと、そんなことを思った僕なのだった。



〈了〉
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