第68話 5W1H

文字数 1,474文字

「長編のプロットをつくる時間が、数ヶ月ぶりにやって参りました!」
 僕、山田春樹は、ため息混じりで、そう言ってみた。

 萌木部長は、
「山田、おまえは本当に感性だけで突っ走るからな。大丈夫か? 梗概も、書けるか?」
 と、心配そうに僕に尋ねる。


「べ、べらんめぇ! できるってばよ!」

「キョドっているな、そんなに憂鬱か、プロット」

「企画書プレゼンは通過したから、あとはらくしょーでい!」

「キャラが崩壊してるな、山田よ……」

「うぇーーーーん、書けないよー、どらエモいもーん」

「猫型ロボットもエモさも、ないからな! あるのは修羅の道だけだ」

「うぅぅ……」

「涙ぐむのはやめろ、山田」


 そして今日もタイミング良く、扉を開けて部室に入ってくるのは佐々山さんだ。

「おはよーモーニンッ!」

 佐々山さんは涙ぐむ僕と、体をのけぞらせる部長を見て、
「ぐふふふふふ……」
 と肩を上下させ、半笑いになった。
 怖い、怖いよ、佐々山さん……。

「プロットは、言うまでもなく、起承転結や序破急などでつくる。ソネット形式も、自由詩と同じく存在しているし、その他、色々な形式がある。あと、文豪の作品は、〈その限りではない〉ことを、肝に銘じるべし」


 萌木部長が言うと、佐々山さんが補足する。
「起承転結のひとつひとつ、〈起のなかにさらに起承転結を入れる〉……以下、承も転も結も同じように入れ子にしていくのも、常套手段ね」

 そこに、たたみかけるように、部長。
「プロットをつくる、というのをすっ飛ばしてつくらずに書こうとすると、長編書き切れない、という初心者は後を絶たない。原稿用紙100枚くらいなら、ほとんどの書き手ならノープロットでつくれるが、それでも、プロットは、つくるに越したことはない」

 佐々山さんは、
「5W1Hで書くのも、忘れないで」
 と、僕にアドバイスらしきことを言う。

「5W1H?」
 僕がきょとん、としていると、
「バカねぇ。フーダニット、フェンダニット、ウェアダニット、ワットダニット、ホワイダニット、ハウダニットのことよ」

 部長が説明する。
「ミステリの場合な、それは」

「間違ってはいないでしょう?」

「いや、このダニット系のそれは、どれにスポットを当てるかの関係だろう」

「佐々山さんも萌木部長もひどいや。僕にはちっともわからないよ」


「ふむ。〈誰が・いつ・どこで・なにを・なぜ・どのように〉をつくると、つくりやすいって話さ」

「なるほど」

 佐々山さんはそこで意地悪な顔つきになる。
「フリージャズで一段譜やコード譜だけで演奏する、みたいな感じよね」

 部長はふぅ、と一息入れてから、
「フリージャズ、もしくは演劇のエチュード。青島と月天にも聞かせたいな、この話」
 と言い、珈琲を飲む。


 僕はまとめてみる。
「起承転結は全体通してのものをつくると同時に、そのなかで、例えば、章ごと、節ごとにも起承転結をつくるんですね。そして、書く内容としては、〈誰が・いつ・どこで・なにを・なぜ・どのように〉ができていると良いんですね」



 部長はずずずーっと、めずらしく音を立てて珈琲を飲む。
 それからマグカップを机に置いて、拍手する。
「おめでとう。やり方がわかったなら、あとは書くだけだな。あとは、…………〈原稿をしろ!〉」


 わかっていますとも、と僕はうなだれた。
 わかってはいても、ひとりでできるかな。
 不安だ。
 実に不安だ。




〈了〉
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