第17話 〈牙城〉
文字数 1,659文字
「自分じゃ自分の作品のことなんてわからない。欠点があるのはあきらかなのに、じゃあ、どこが作品に足りない部分か、というと、それがわからない。これはおれが中学生の時、ずっと思っていたことだった。で、指摘を受けるために、高校に進学して真っ先に、この文芸部の門を叩いたのさ」
梅昆布茶を啜りながら、萌木部長が昔話を僕にする。珍しい。
僕は部室の窓を開け、換気をした。外から入ってくる空気がおいしい。
「山田はなんで文芸部に入ってきたんだっけ?」
「幼稚園のとき、一歳違いの〈本が読める〉お兄ちゃんがいて。僕の憧れだったんです。けど、そのお兄ちゃん、どこかに引っ越しちゃって。友達っていうよりやっぱり〈お兄ちゃん〉だったな、そのひとは最後まで……。で、そのお兄ちゃんの影響で僕は本好きの少年に育ちました。中学から小説は書いてましたが、たまたま文芸部があるっていうんで、入部したんです。たまたま、ですよ。ははは」
「そのお兄ちゃんってひとの行方は、知らないの?」
「さぁ? どこでなにをしているやら」
まさか幼稚園の時の本好きのお兄ちゃんというのが、萌木部長そのひとであるなんてこと、口が裂けても言えそうにない。関係性が崩れてしまいそうで。
……しかし、このひと、本当に覚えてないんだな、幼稚園生の頃の僕のこと。
「部長。僕のことはいいですから、昔の文芸部の話の続きをしてくださいよ」
「ああ。そうだな。おれはつまり、自分の才能を磨くために、部活に入った。だが、先輩たちは皆、おれとはタイプの違うひとばかりだったよ」
「と、いうと?」
「この学校の文芸部は、県下屈指の、サイエンス・フィクションの〈牙城〉だったんだ」
「ええっ? そうだったんですか!」
「ああ。サイエンス・フィクションをやりたい奴はだいたいここに進学してくる。県外からもな。それというのも、有名なSF作家が、この学校出身だったからなんだが」
「知らなかった」
「有名なSF作家といえども、SF好き以外には名前は知られていない作家って多いからな。失礼な話をしてしまっているが。佐々山なら名前を知っているだろうけど。あまり一般のひとには知られていない、コアなSFファンの中での有名人だ」
「で、その作家の名前は」
「姓を、萌木、という」
「と、いうと……」
「そう。うちの父だ」
「そうなんですか!」
「嘘だ」
「どっちなんですか!」
「正確には、父親代わりにおれを育ててくれた、おれの兄だ。おれに父はいない」
「え? ……ああ、すみません」
「自分の文学の腕を磨くために入ったのだが、一日中SFの話をしている先輩たちでな。文芸部らしいことはあまりしなかったし、だから期待していたような指摘を受ける経験もしなかった。でも、知識量は格段に増えたよ。……おれは父が亡くなった幼稚園生の頃、引っ越しをしてな。親戚のいる、遠くの方へ引っ越したのだったが、兄に呼び戻されて、今住んでるところに落ち着いたんだ」
「……思い出しませんか、幼稚園生の頃のこと」
「幼稚園の頃の、なにを?」
「いえ、なんでもありません」
「友達のいない、本ばかり読んでいた幼稚園生だったよ、おれは。あはは。おれはひとから好かれるタイプでもなかったしな。でも、山田みたいに人なつっこく接してきてくれる一歳違いの友達は、ひとりいたよ。名前は確か……」
と、そこで部室の扉が勢いよく開く。
「おはよーモーニング!」
ガラガラガラ、と扉を開けて入ってきたのは、いつになく上機嫌な佐々山さんだった。
「いや、今日は久しぶりに涼しくていいわね!」
続きはまた今度、と僕は思う。部長に、僕のことを思い出してもらいたいような、別に思い出してくれなくていいから、部長の思い出話を聞きたいような。でも、それはまた今度でいいのだ。
僕はいそいそと今日の部活の準備をはじめる。
〈了〉
梅昆布茶を啜りながら、萌木部長が昔話を僕にする。珍しい。
僕は部室の窓を開け、換気をした。外から入ってくる空気がおいしい。
「山田はなんで文芸部に入ってきたんだっけ?」
「幼稚園のとき、一歳違いの〈本が読める〉お兄ちゃんがいて。僕の憧れだったんです。けど、そのお兄ちゃん、どこかに引っ越しちゃって。友達っていうよりやっぱり〈お兄ちゃん〉だったな、そのひとは最後まで……。で、そのお兄ちゃんの影響で僕は本好きの少年に育ちました。中学から小説は書いてましたが、たまたま文芸部があるっていうんで、入部したんです。たまたま、ですよ。ははは」
「そのお兄ちゃんってひとの行方は、知らないの?」
「さぁ? どこでなにをしているやら」
まさか幼稚園の時の本好きのお兄ちゃんというのが、萌木部長そのひとであるなんてこと、口が裂けても言えそうにない。関係性が崩れてしまいそうで。
……しかし、このひと、本当に覚えてないんだな、幼稚園生の頃の僕のこと。
「部長。僕のことはいいですから、昔の文芸部の話の続きをしてくださいよ」
「ああ。そうだな。おれはつまり、自分の才能を磨くために、部活に入った。だが、先輩たちは皆、おれとはタイプの違うひとばかりだったよ」
「と、いうと?」
「この学校の文芸部は、県下屈指の、サイエンス・フィクションの〈牙城〉だったんだ」
「ええっ? そうだったんですか!」
「ああ。サイエンス・フィクションをやりたい奴はだいたいここに進学してくる。県外からもな。それというのも、有名なSF作家が、この学校出身だったからなんだが」
「知らなかった」
「有名なSF作家といえども、SF好き以外には名前は知られていない作家って多いからな。失礼な話をしてしまっているが。佐々山なら名前を知っているだろうけど。あまり一般のひとには知られていない、コアなSFファンの中での有名人だ」
「で、その作家の名前は」
「姓を、萌木、という」
「と、いうと……」
「そう。うちの父だ」
「そうなんですか!」
「嘘だ」
「どっちなんですか!」
「正確には、父親代わりにおれを育ててくれた、おれの兄だ。おれに父はいない」
「え? ……ああ、すみません」
「自分の文学の腕を磨くために入ったのだが、一日中SFの話をしている先輩たちでな。文芸部らしいことはあまりしなかったし、だから期待していたような指摘を受ける経験もしなかった。でも、知識量は格段に増えたよ。……おれは父が亡くなった幼稚園生の頃、引っ越しをしてな。親戚のいる、遠くの方へ引っ越したのだったが、兄に呼び戻されて、今住んでるところに落ち着いたんだ」
「……思い出しませんか、幼稚園生の頃のこと」
「幼稚園の頃の、なにを?」
「いえ、なんでもありません」
「友達のいない、本ばかり読んでいた幼稚園生だったよ、おれは。あはは。おれはひとから好かれるタイプでもなかったしな。でも、山田みたいに人なつっこく接してきてくれる一歳違いの友達は、ひとりいたよ。名前は確か……」
と、そこで部室の扉が勢いよく開く。
「おはよーモーニング!」
ガラガラガラ、と扉を開けて入ってきたのは、いつになく上機嫌な佐々山さんだった。
「いや、今日は久しぶりに涼しくていいわね!」
続きはまた今度、と僕は思う。部長に、僕のことを思い出してもらいたいような、別に思い出してくれなくていいから、部長の思い出話を聞きたいような。でも、それはまた今度でいいのだ。
僕はいそいそと今日の部活の準備をはじめる。
〈了〉