第66話 青春ゾンビを撃ち殺す小説

文字数 1,268文字

「小説で僕が目指しているのは、実は女性らしいセンスが爆発した、センスの塊としか形容できないひとが描くような小説なんだよ。僕が男である以上、その憧れのセンスを持った小説が書けるとも思えないのだけれども」

 お昼休みの、学食で。
 珍しく僕の向かいの席に座った青島くんが、食事の載ったトレイを置いて、笑う。

「ねじれているっすね、山田先輩」

「よく言われるよ。あ、ハヤシライスなんだ、青島くん」

「今日はそんな気分なんで。山田先輩は、唐揚げ定食。ベタだなぁ」

「どういうこと?」

「佐々山先輩だったら『チキン野郎がチキンを食ってる!』って言いそう」

「学食にはまだ〈激辛麻婆飯の権化〉は現れていないみたいだね」

「なんすか、それ。笑える」

「僕は〈青春ゾンビ〉を撃ち殺すような作品が描きたいんだ」

「あー、恋愛小説てことすかね」

「うーん、難しいなぁ。そうなのかなぁ。恋愛とは違うかも。わからない。だって、青春を描こうにも描けてないんだもん、今のところ。だから、どういう形に結実するかは、自分でもわからない」

 ハヤシライスをスプーンで口に運びながら、青島くんは満足そうな顔をした。

「うーん、そうっすねぇ。まずは現実で『青春』してみたら、どーすか?」

「例えば?」

「恋愛っすよ。恋愛を経験するっす」

「全く、冗談も休み休み言ってほしいなぁ」

「現実を下敷きにすると、それはそれで問題があるんだろうけど」

「私小説、か」

「そーっすね」

「それこそ、青島くんは武勇伝でも書けばいいさ」

「わー、でた、無責任発言」

「青島くんも同じだよー」


「女性作家の感性って、素敵なことが多くて、おれも好きっすけど、わざわざそれで勝負しようとは、おれは思わないすね。感性をまねっこってのは、違う気がする。でも、青春ゾンビを撃ち殺す小説ってのには、賛成だな」

「おー、わかってくれるかい!」

「女性は瑞々しい表現が多いっすもんね、差別とかじゃなくて、ジェンダー的に女性である方が。憧れるのも納得」

「いや、生物学的な女性の場合も、強力だよ」

「女性クリエイターには頭が下がるっすよね、ほんとに。青春ゾンビ再殺小説に賭けるしかねーっすね」



 しばらく無言で食事を取っていると、女生徒がどかどかと近づいてきた。
 僕の向かい、青島くんの隣に、その女性、麻婆飯の権化である佐々山さんが麻婆飯トレイを置いて、座った。

「だーれが麻婆飯の権化だぁー!」


 青島くんが「まあまあ、二人とも」と、佐々山さんをなだめる。ついでに僕もなだめられているのはなぜだろう。

「今度、みんなでカラオケ屋にでも行きましょうよ、先輩方」

「お。ナイスアイディア! さすが出来の良い後輩くんは違うわね! 不良くんも、そのときは呼びましょう」

「わーったっす。月天にも、伝えておきます」


 カラオケかぁ。



 僕はでも、その青春の中で、今、生きているんだよな。



 忘れるとこだった。





〈了〉
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