第49話 ぶんぶんがくがく:2

文字数 3,409文字

 放課後。

 渡り廊下に設置してある自販機の前で炭酸ジュースを飲みながら、おれと月天は無駄話をしていた。



「青島。ロックってダセェと思うか?」

「ロック? おれはどちらかというとホッブズの『リバイアサン』に影響受けてんなぁ」

「ロックって、『市民政府論』じゃねーぞ。ロックミュージックのことだ」

「ダサいかダサくないか、か。サブスクでほとんど聴けるこの世の中になると、逆に難しい話だな」

「ああ。ちげーねぇ。新人もいきなりビートルズと同じ土俵で闘うことになるのとあまり変わらない状態になったってわけよ」

「で。ロックに疑義を差し込むわけだな、おまえは」

「いや。フックとして〈なにそれ?〉っていう不思議フレーズが、一瞬ダセェのか、と思うんだけど、これがきちっとハマると、あり得ないほど格好良くて、それがロッキンだと思うわけよ」

「ん? 難しいな。でも、感覚はわかる。ある意味、〈愚直なまでに本質を突いている〉んだよな。それは、〈着飾ったお洒落さん〉とは真逆の振る舞いだ。ダサいと言えばそうだ。けど、違うのをロックファンは知っている」

「そういうこった。……『声を殺して奪い合えれば/永遠なんて一秒で決まる』ってフレーズ、あるじゃんか」

「あるなぁ。めちゃくちゃ格好いいフレーズだよ、『永遠なんて一秒で決まる』って。字面だけ読んでもピンと来ないけど、曲で歌ってるのを聴くと、これでもかってくらい、ロックだよな」

「ああ。だが、よぉ。『永遠』だっつってんのに『一秒』だ、って言ってんだよ。どちらも」

「永遠なんて一秒で決まる、なぁ。そうだなぁ」

「永遠も一秒も、時間を指す言葉だろ。そして、永遠という時間を提示していて、永遠の中にいるはずなのに、それは〈一秒だ〉と言っている」

「永遠に突入するためには、そんなもん一秒で決まる、って言いたいんじゃないか」

「ああ。だが、それは〈行間を読んでいる〉からそう思うだけで、そんなことは説明されていない。〈永遠イコール一秒〉なんだよ、フレーズの中では、あくまでも」

「なるほど。論理が破綻している、ということか」

「つまりは、そういうことだ」

「それは、批判かなにかか?」

「チッチッチッ。違うんだよな。論理が破綻している。だが、〈説得力がある〉。それで良いんだ、ロックだから」

「もうちょっと説明してくれ」

「論理が破綻していれば、この情報化社会じゃただのバカのはずだ。だが、論理が破綻しているが故に説得力を持っている。表現が〈突き抜けている〉んだ。その説得力こそが、ロックの魂なんだとおれは思うわけよ」

「ロジックが通ってないとダサいと思う〈お洒落さん〉だったら、嘲笑するようなものかもしれないってことだな。ダサい、と言って。だが、謎の説得力を持ったこの表現はこれでもかってくらいロックで、突き抜けて〈格好いい〉と」

「もうひとつ例題を出そう。『素敵なものが欲しいけど/あんまり売ってないから/好きな歌を歌う』だ。これをどう捉える?」

「綺麗なフレーズの言葉だな」

「ああ」

「問題がなさそうだが? 違うのか、月天」

「これがもし〈話し言葉〉ならば、こんなの日常によくある。つまり、そこでは、『好きな歌』というのは、『素敵なもの』なんだ」

「問題ないんじゃないか」

「ロジックで行くとこの文章は『素敵なものが欲しいけどあんまり売ってないから、素敵な歌を歌う』にならないと、ダメだろ」

「〈~から〉って接続詞で繋ぐなら、月天の言う通りだ」

「ここに、言葉の〈ズラし〉がある」

「ズラしているってのか?」

「接続詞で繋げないはずの言葉を繋いだことによって、〈素敵〉と〈好きな〉のふたつを〈圧縮〉して〈情報量を増やす〉ことができるし、〈このひとにとっての好きなものとは素敵なものなんだな〉という情報も埋め込めるわけだ」

「なるほどな!」




********************




「ところでよぉ。この話は、要するに、小説の書き方とレポートの書き方を混同している奴らに対して、有効なんじゃないか、と思って言ったわけだ」

「月天も文芸部員らしくなってきたじゃないか」

「そんなんじゃねーよ。ただよぉ、おまえがよく読んでる『文学』って奴と、『ロジカルシンキング野郎』がロジカルシンキング〈そのまま〉で書いた小説は、分類が違うんじゃねぇか、ってのがフックにあってよぉ」

「ああ。『文学』、特に『純文学』と『小説』は〈違うもの〉だ。この国はエンタメ偏重だから、そこがわかりづらい〈仕様〉になってる。そのうえに、ウェブっていう、従来と媒体すら違うもので読む読み物ってのが台頭してきて、書き方の〈目指す方向性〉が違うのに、方法論が〈一緒くた〉になって〈流布〉している。それが現状だ」

「おっ。おれが〈あたりをつけて〉噛ました理屈が、どうやら文学でも通用しそうだな!」

「おれの意見で良いなら、述べても良いぜ。あくまで、おれ個人の考え方ってことになるが」

「青島の文学観、聴かせてもらおうじゃねぇか」





「文学と小説を違うもの、と仮定するのが前提となる。『文学』とした場合、それは『小説』よりも『自由』のレンジ(範囲)が圧倒的に広い。文学は正直なところ、小説の前提となるルールをぶっ壊していいし、そのルールはぶっ壊すのが『成功』した、そのたびに〈更新〉され、新たなルールにその都度、生まれ変わる。今、『文学』がわかりづらいと感じるならば、それは現時点で過去からの累積更新が多すぎて、新規参入するとそのルールの現状がわからなくなっているからだし、そもそもその『正解がない』のが『文学』の本質だ。……それは確かに、ロックンロールのあり方と同じだ」




「青島も、たまにはいい感じのことも言えるじゃねぇか。じゃあ、『文学』に付き物の『文学理論』に関しては、どうだ?」


「理論は後付けでどうにかなる。なぜならば、それは〈理〉論だから、だ。その論者の準拠するフレーム……ルールの俎上にあげられさえすれば、作品を理論に『当てはめる』ことができる。『当てはめる』のであって、それは『つくる』では〈ない〉んだ。そして、それはそれ故に〈理論〉という〈枠組み〉なんだろう」

「青島の大好きな小林秀雄は?」

「そう。だから一番厄介なのは小林秀雄みたいな『印象批評』なんだ。こいつは、プリミティヴであるが故に〈強固〉だ。だって、フレームに当てはめるのではなく、印象という、ある意味〈自分でつくったもの/つくられてしまったもの〉に準拠して〈批評〉するわけだから。印象批評もまた、文学理論の一種だ、っていうのがまた状況を厄介にさせる」


「なーるほど。で、文学がルールをぶっ壊すっていうのは、具体的にはどういうことだ?」

「それこそ、月天が言いたかったことでもあるだろう? さっきのロックの格好良さの話と同じさ。ロジカルじゃ済まないんだ。そんなものぶっ壊して論理が破綻してもいい。文豪の文章を再プロット化してみてくれ。または、〈やらない方がいい〉やり方を考えて文豪の作品を見てくれ。だいたいが〈巷に流布している小説書きメソッド〉から逸脱している。文学は、〈それでいい〉んだ。その〈それでいい〉というのを〈支える〉のが『文学理論』なんだ」

「具体例は?」

「ドストエフスキーは、途中からは口述筆記だ。どう考えても緻密なプロットを練っている時間があったと言えない節がある。それどころか。原稿用紙の使い方で言えば、星新一は原稿用紙の升目からはみ出して細かい文字で、一枚に収まるように原稿を書いていた。中上健次は方眼用紙に原稿を書いていたし、その清書をしていたのは奥さんだ」


「アルティメットバトルになると、文学はフリーダムだっつー話か」

「ま、あくまでこれはおれの意見で、それですら包み込めるのが文学だって話でもある」



「オチがつきそうにねーな」

「いつも通り、ロッケンローーーー、でいいんじゃないか、月天」




「へっ。このおれたちの減らず口が、なにかに結実すりゃぁ御の字なんだがよぉ、どうもいつもそうはいかねぇからなぁ」

「んじゃ、部活に行こうか」

「だな」





〈了〉
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