第7話 書きたいことを書き尽くしたあと

文字数 1,303文字

「小説ってのは、書きたいことを全部書き尽くしたあとが勝負なんだ」

 ティーポットからカップにアッサムティーを注ぎ、僕は萌木部長の前に置く。

「わたしの分は?」

 と、佐々山さんも言うので、棚からカップを持ってきて、佐々山さんの前へ。

「全部書き尽くしたあとが勝負……。そんなもんすかねぇ」

 僕は部室の古いパイプ椅子に背中を預け、うーん、と首を捻りながら、身体を後ろに倒すようにした。

「で。萌木部長はどうなのかしら。全部書き尽くしたんですか、書きたいこと」

 佐々山さんは自分で注いだアッサムティーを啜って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「全部書き尽くす、というより、吐き出す、の方がいいんじゃない? 言い方としては」

「そうだな」

 紅茶の香りが部室内を満たす。


「言いたいことがたくさんあるうちは、早く全部吐き出してしまった方がいいんだ。『言いたいことが邪魔をする』ことが、おれにはよく起こる」


 僕はインスタントの珈琲を飲む。

「部長、理論派なのにな。それでも吐き出したい感情なりが邪魔をするのか」

 佐々山さんはぷぷぷ、と口元に手を遣って笑うのを隠す。

「ですって。萌木部長」
「ああ、なんだその笑みは。ったく佐々山は。せっかく山田に部長らしく文学を書くとはなんたるかを教えようとしてたのに」
「わたしも山田くんも二年で、先輩と一歳違いなだけじゃないの」
「そーだけどさ」
「大体『文学なひと』って、文芸部に入るのかしらね。専門学校や大学の文学部とかも同じ。文学なひと、からはほど遠い気がするわ」


 僕は、
「そうだよ! 僕もそう思ってた」
 と、同調する。

「文学観はひとそれぞれだよ。どこにいたって文学なひとは文学だ」

 部長は、うーむ、とあごに手を当てて黙考する。
 それから紅茶を一口飲んで、話を続けた。

「自分らしさを一切排除したって、個性は入ってしまう。だから、個性なんて考えないで、かっちこちのエンタメ理論や文学の理論に自らを縛って書く、というのもあるな」
「それでもその前に吐き出せるだけ吐き出せ、と」
「そうだ。吐き出していないものがノイズになる……おれはそう思うんだけどなぁ」
「あら。部長まで言ってることに自信なくしちゃって。歯切れが悪いわよ」
「そんな日もある」


 萌木部長はカップの中の紅茶を空にして、
「で。山田。おまえは煮え切らないで、全然小説を書いてないだろ」
 と、僕に向けて言った。


「いや、書いてはいるんでですよ。でもね、なにかが見えそうだから」
「ほおぅ。書いててなにかが見えそう、なんだな。新たな視点が」
「って、いや、今、佐々山いづきさんのぱんつが見え……」

 右ストレートが飛んで来て、僕の頬にめり込んだ。

「最低! あと、なんでフルネームで呼んだし?」
「うん。ていうか、このように最低な感じになにかが見えそうです。新しい世界が」


 萌木部長は一言、僕に、
「おまえはすごく文学だな」
 とあきれ顔で言った。


 まあ、それも悪くないか。僕がつくる作品も、そんなんだし。


〈了〉
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