第112話 ありのままの自分【第二話】

文字数 1,438文字

 佐々山さんが、ミルクティーを淹れて飲む。
「わたし、ミルクティー好き」

「麻婆飯とミルクティーって、合うということか、佐々山?」
 部長が佐々山さんに茶々を入れる。

「ったく、どいつもこいつもわたしを麻婆飯の権化のように思いやがって!」

「違うのか?」

「違うわよ! うちの高校の学食で一番美味いと思えるのが麻婆飯ってだけよ」

 僕は気づく。
「あ。夏休み、学食やってないですよね」

「家から弁当持ってくるかコンビニ弁当。それに、どこかに食べに行くのも禁止されていないぞ」

「なるほど。佐々山さんは麻婆丼をコンビニで買うのかな?」

「なんでいかにも毎昼毎昼麻婆食べるみたいな言い方になるわけ」

「えー。じゃあなに食べるのさ」

「その問い、なんかおかしいからね、山田くん?」

「あ。佐々山さん、むっちゃ笑顔でこっち睨んでる…………」

「あーたーりーまーえーよー」

「うひいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃ」



*******************



 休み時間。僕がストレッチをしていると、青島くんと月天くんの二人が会話をしていた。

「青島はさぁ。中学んとき、ゲームつくってたんだろ」

「あ? ああ、そうだぜ、月天」

「常闇の世界、インターネット。いや、リアルも闇深いけど、ウェブは常闇って言葉が似合うなぁって、ずっと思っててよ」

「ああ、まあ、そうだな。ちげーねぇ。常闇だ」

「おれのいる現実では、まず〈喋れること〉が前提になってるけど、ウェブはそれに関して代替的な〈異能〉も存分に発揮できる世界だよな。発揮できる〈異能力〉のフィールドが広いゆえに、闇もまた深く、常に闇の中みたいに思えるんだ」

「ああ。おれたちが戦った〈県下怨霊八貴族〉なんて、常闇の産物のような異能力者集団だったよな。それがまたどうした、月天?」

「いや。青島のつくったゲームの広報はウェブだったよな、と思ってな。ログが残ってるし。でもよ、おれはあまりウェブが信頼出来ない。ビデオゲームはどんどん進化していって取り残されちまうし、嫌ってても良いことないんだが、躊躇しちまうんよ、電脳の力を使ったものに関して」

「時代錯誤だ、とは言わねーぜ。アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの共著『〈帝国〉』における〈マルチチュード〉な生き方を最初に体現しちまったのは、『インターネット・ミーム』を駆使した宗教の原理主義組織だったのは間違いなく、そこからゼロ年代が始まったのも事実。〈インターネット統治〉が必要だという向きはその一件で再燃した。1996年の『サイバースペース独立宣言』が規制に反発した経緯があってこその電脳世界だが、今度はおそらく規制はある程度成功する。その規制は規律型権力ではなく、ミシェル・フーコー言うところの『生権力』が担うことになるんだろう。環境管理による権力。〈快・不快原則〉を基調としたそれは、テクノロジーによって、現実のものになりつつある」

「常闇の統治は可能か。可能だろうなぁ。スーパーフラットな世界が到来すんのかも、な」



 僕はコンビニで買ってきた麦茶を飲みながら、
「難しそうな話をしてるー」
 と思った。
 でも、この二人の会話もまた、〈広い意味での文学〉の話なんだよな。

「文学は奥が深いなぁ」
「はぁ? あんたが浅いだけよ、山田くん。浅薄なことで有名ですものねぇ」
「うぅ、酷いや、佐々山さん」

「で。話の続きを聞きたいんでしょ」

「そうなんだよ」


「お、部長がコンビニから戻ってきたわね。じゃ、話の続き、しましょうか」

「そうだね」



〈113話へ、つづく〉
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