第90話 型に嵌めた方が上手くいくことは多いけれども
文字数 1,174文字
萌木部長が、梅昆布茶を飲んで、一息吐いていた。
部室に部長のため息が響く。
僕は驚いてしまった。
「どうしたんです、部長。佐々山さんとなにかあったんですか」
「山田……、おれは佐々山とは付き合っていない」
「話のフックとして言っただけですってば」
「ああ。そうなのか。……昨夜、脚本家の先生から電話がかかってきてな。この文芸部の先輩でもあるわけだが」
「OBってやつですね。で、その先輩がどうしました?」
「おれが書いた小説をこっぴどくこき下ろされてな」
「部長でもそういうことがあるんですね」
「しょっちゅうだよ。先輩たちから見たらおれは『不出来な後輩』だからな」
「立派なひとだと思うけどなぁ、萌木部長は」
「ありがとう。でも、そうは思われてないさ」
「そうなんですか」
「そのひとはテレビドラマの脚本家なのだが。だいたいテレビドラマ畑の脚本メソッド絶対主義のひとがおれに〈こうでなくてはならない!〉って断言してくるの、なんかおかしいなぁ、と思うんだよ。好き勝手言いやがるぜ、ったく。言いたいことはわかるんだけど、何年間もおれを全否定して偉そうにしているの、さすがに腹立つな」
「は、はぁ……」
「多様性なんて認めないで成功してきたひとなので、自分が絶対なんだよな。おれが下手くそなのは〈ストーリーを型に嵌めないから〉だ、と思っていて、ある部分では、そういう考え方もあって、それはそれで脚本家からのアドバイスとしては妥当だとは思うのだが」
「ストーリーを型に嵌める、か。よく言われますよね、それ」
「ストーリーは型に嵌めた方が上手くいく。確かにそれは商業で、時間が厳密に決められている場合、そりゃそれがいいのはわかる。水戸黄門などの時代劇を観ていて、ワンパターンでも、観てしまうし、そこには特有の快楽がある。それに、〈こういう展開の場合、キャラやストーリーはこう動かねばならない〉という決めつけの〈テンプレート展開〉は、わかりやすさを提供してくれるから、娯楽と考えるなら、そりゃ良いものさ」
僕は笑ってしまう。
「部長がいつも言ってるような話とは真逆ですよね」
「そうなんだよな……。おれがダメなのは、その『基礎』ができていないからだ、とその脚本家は言ってくるのさ。成功者は、向こうであって、おれは成功していない人間で、ならば正しいのは成功した人間なのだから……、というわけだ」
「大変ですね。自分が信じた方法論が成功していたら、そりゃ自分の方法論が正しかったと思いますよね」
「実績がプライドを生んで、そのプライドを高らかにして渡り歩いてきた先輩だから、なぁ」
「いろんなひとがいますし、正解なんてないですよ、いつも部長が言ってる通りです」
「そうだな……」
〈了〉
部室に部長のため息が響く。
僕は驚いてしまった。
「どうしたんです、部長。佐々山さんとなにかあったんですか」
「山田……、おれは佐々山とは付き合っていない」
「話のフックとして言っただけですってば」
「ああ。そうなのか。……昨夜、脚本家の先生から電話がかかってきてな。この文芸部の先輩でもあるわけだが」
「OBってやつですね。で、その先輩がどうしました?」
「おれが書いた小説をこっぴどくこき下ろされてな」
「部長でもそういうことがあるんですね」
「しょっちゅうだよ。先輩たちから見たらおれは『不出来な後輩』だからな」
「立派なひとだと思うけどなぁ、萌木部長は」
「ありがとう。でも、そうは思われてないさ」
「そうなんですか」
「そのひとはテレビドラマの脚本家なのだが。だいたいテレビドラマ畑の脚本メソッド絶対主義のひとがおれに〈こうでなくてはならない!〉って断言してくるの、なんかおかしいなぁ、と思うんだよ。好き勝手言いやがるぜ、ったく。言いたいことはわかるんだけど、何年間もおれを全否定して偉そうにしているの、さすがに腹立つな」
「は、はぁ……」
「多様性なんて認めないで成功してきたひとなので、自分が絶対なんだよな。おれが下手くそなのは〈ストーリーを型に嵌めないから〉だ、と思っていて、ある部分では、そういう考え方もあって、それはそれで脚本家からのアドバイスとしては妥当だとは思うのだが」
「ストーリーを型に嵌める、か。よく言われますよね、それ」
「ストーリーは型に嵌めた方が上手くいく。確かにそれは商業で、時間が厳密に決められている場合、そりゃそれがいいのはわかる。水戸黄門などの時代劇を観ていて、ワンパターンでも、観てしまうし、そこには特有の快楽がある。それに、〈こういう展開の場合、キャラやストーリーはこう動かねばならない〉という決めつけの〈テンプレート展開〉は、わかりやすさを提供してくれるから、娯楽と考えるなら、そりゃ良いものさ」
僕は笑ってしまう。
「部長がいつも言ってるような話とは真逆ですよね」
「そうなんだよな……。おれがダメなのは、その『基礎』ができていないからだ、とその脚本家は言ってくるのさ。成功者は、向こうであって、おれは成功していない人間で、ならば正しいのは成功した人間なのだから……、というわけだ」
「大変ですね。自分が信じた方法論が成功していたら、そりゃ自分の方法論が正しかったと思いますよね」
「実績がプライドを生んで、そのプライドを高らかにして渡り歩いてきた先輩だから、なぁ」
「いろんなひとがいますし、正解なんてないですよ、いつも部長が言ってる通りです」
「そうだな……」
〈了〉