第50話 〈現状分析〉

文字数 1,234文字

「そーいや、部長がこの前、文学の個人全集を全巻読むと勉強になるって言ってたじゃねーすか」

「ああ。青島に、確かにおれはそう言ったな」

「ええ。言われたんで読んだんすよ」

「偉いな、青島。おまえは結構がっついてるとこあるな」

「がっつく?」

「食事のスピード、速いだろ」

「ああ。そういうことか。速くはないすけど、確かに〈下品に食べる〉っすよ。育ちが悪いもんで。まあ、月天には敵わないけど。ていうか、そもそもおれは不良じゃないんすよ、部長。月天といるから、そう思われるだけで」

「ふーん。そうなのか。おれは生徒会長に、青島と月天を文芸部に入部してもらってそのまま部活に参加してもらっている、そのことに関してだけは評価されているんだぞ」

「って、部長、なに笑ってるんすかぁ。ひとが悪いや。おれらだって、部活には出ますって。本、好きだから。月天にしても、無頼派は大好きっすからね」

「無頼派三羽鴉か」

「そう。太宰治、坂口安吾、織田作之助の、三人」

「出版社が売り出すためにつけたレッテルではあるんだが、無頼派ってのは、その通りではあるんだよな」

「そうっすね」

「ところで。もうひとつ言ったと思うんだが、そっちはどうだ?」

「ああ。『定点観測』すね」

「そうだ」

「この前、部活に来たとき佐々山先輩に『定点観測ってネーミングを付ける萌木部長もどうかしてるわね。星の観測でもするのかと思ったわ』って笑われたっす」

「佐々山はあんな奴だからな。でも、分析は、あいつが部員で一番、得意なんだ」

「つまり、『定点観測』してるってことっすね。〈現状分析〉って言った方がいい、……のか」

「そう。『同時代性』に一番敏感なのが、うちの文芸部では佐々山だ」

「敏感なんすか、佐々山先輩は?」

「ん?」

「ベッドで、部長に対して」

「はぁ。付き合ってないってば。色恋事が苦手でね。そんなおれがあのじゃじゃ馬な佐々山と付き合えるかと言ったら……無理だな。心労で倒れるぞ」

「うーん。何気に佐々山先輩に酷いこと言ってないっすか、部長」

「と、言いつつ笑ってるじゃないか、青島」

「いや、ウケるなーって」

「まあ、ウケるか」

「そういや月天がFGOっていうスマホのソーシャルゲームで清少納言が出てきて、そこからの派生で『春はあげぽよ』ってみんな言って騒いでる、って言ってたけど、アレ、元ネタあるでしょ、部長。『きんいろモザイク』以外で」

「橋本治が執筆した『桃尻語訳枕草子』の、80年代ギャル語に『枕草子』を変換するって試みから来てる。FGOの清少納言のルックスも、そこからギャル風味になっているはずだぞ。奈須きのこたちが橋本治の清少納言を意識しないはずがないだろう?」

「そりゃそうだ」

「ふぅ。疲れたな。紅茶、飲むか?」

「アールグレイを頼むっす」

「ふむ。話の続きは、茶を飲んでからだな」

「そーっすね」





〈了〉
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