第79話 断頭台に立たされる原稿用紙の中身

文字数 986文字

 小説が書けなくてめっちゃつらい。

 時間があっても、執筆できないのだ。

 作業が思うように進まない。

 いらいらが募る。

 その間にできることもあるし、なにか違うことをすればいいのだが、どうも、上手くいかない。

 このいらいらを制御できるような人間だったら、僕はもっと大人になれたと思う。

 でも、ダメだった。
 僕は自分を制御できない。
 僕の中に「やさしさ」なんてみじんもない。
 やさしさの足りない、最低な人間だ、僕は。


 その上、僕は。
 悪魔に取り憑かれている。



********************



 悪魔は僕に最低な言葉を投げかけてくる。
 悪魔はきっと僕を自滅させる気なのだろう。
 それを振り切るのは僕にはできないのだった。

 時間は解決なんてしてくれなかった。
 悪魔はあざ笑う。
 なにもできない僕を。
 ただ泣いて逃げようとして、逃げる場所なんてこの世には存在しないことを知って、それでも走って逃げて、泣いて、力尽きて倒れる様を見て、悪魔はあざ笑うのだ。

 悪魔は複数いて、僕に罵詈雑言を吐くだけでなく、おしゃべりしていて、時間を潰している。
 おばちゃん連中みたいだ、まるで。
 そんな俗に染まった冥い、沼の住人が悪魔だ。

 底なしの沼に僕ははまって、もがいて、でも、身体はだんだん動かなくなっていく。


 テレビのリモコンをオンにする。
 僕の顔と二重写しで、俗物が笑っている姿が映し出された。


 テレビを消すと、悪魔たちが一斉に笑う。

 悪魔のひとりが言う。
「おまえはなにをやっても無駄。無理、無茶、無駄。あひゃひゃひゃひゃひゃ」



 僕は断頭台に原稿用紙の中身を置いて、裁断する用意をしている。
 原稿用紙は、
「もう終わりで良いのかい?」
 と、僕に尋ねる。

「終わりにしたいんだ」
 僕が返す。

 ギロチンのひもを持つ男が言う。
「原稿用紙の中身の裁断執行まで、猶予があるよ。歩いてきてみたらいい」
 僕は頷く。


 理屈をつけたがる奴らが僕を糾弾するなかを分け入り、ギロチン広場を抜け出す。
 外には、なにもなく、悪魔の嘲笑だけが山彦のように反響していた。



 ……目覚めると朝だった。
 目覚めるとすぐに、悪魔は僕にまた囁く。
 その、緋色の囁きを。




〈了〉 
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