第106話 恐るべき子供たち【第三話】

文字数 1,594文字

「ユートピア論なんてろくでもないよな」
 月天がそんなことを言う。

 おれは応える。
「遙か昔、空想社会主義と呼ばれるものがあった。要するにユートピア論なんだよ」

「空想社会主義?」

「こんな社会あったらいいなー、っていう理想を語る、他愛ないものだった。その社会主義に理論を与えてしまったのが、カール・マルクスだと言われている。マルクスを以て空想社会主義は終わり、社会主義に現実味が帯びてきた、と。エンゲルスを頼ってドイツからイギリスへ渡ったマルクスが革命が起きるのを想定していたのは、イギリスにおいてだった。そこでプロレタリア革命は行われると思っていた」

「ああ、そういやロシア革命前夜、ロシアのドストエフスキーは」

「そう。空想社会主義の勉強会に出席していたことで、当局に捕まった。処刑されるところを、恩赦によって助かったんだ」

「空想社会主義はユートピア論で他愛ないものだ、とは言うけどよ、青島。じゃあ、ドストエフスキーはなんで捕まったんだ?」

「ドストエフスキーが若い頃のロシアでは、キリスト教の数種の異端派が勢力を拡大していたんだ。ロシア正教会から異端だとされるものだ。例えば鞭身派は鞭で身体を叩いたりする。その他、乱交をすることで子供が生まれたときに誰の子供かわからないようにして、子供を共同管理する異端派や、逆に性器を切り取って性から解放されようとした派閥もある」

「ん? どういうことだ?」

「次の代を担う、子供の問題さ。そもそも古今東西、ユートピア論と言えば〈子供を共同管理する〉思想が圧倒的に多く、空想社会主義も同じ感じなのが多かった。ユートピア論で子供を共同管理するのは、リュクルゴスのスパルタ、プラトンの『理想国家』、トマス・モアの『ユートピア』も、現実ではイスラエルのキブツもそうだ。子供は共同で管理する。〈家族〉を解体し、子供を共同管理するのがこの手のユートピア論の基本なんだ。それは、理想社会をイメージした際に、子供が如何に〈厄介〉であるか、ということでもある。ゴールディング……いや、ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』を読んで欲しいところだぜ」

「話が逸れたみたいだが?」

「ああ。異端派も、ある種のユートピア社会をつくろうとしたんだな。それが勢力を伸ばす一方で、そのものずばりのユートピア論である空想社会主義の勉強会に出席していたんだ。ドストエフスキーは捕まるだろうさ。それは国家に対する叛逆、革命を起こそうとする不届き者だからな。ドストエフスキーの遺作『カラマーゾフの兄弟』も、つづきは構想されていて、革命の話になる予定だったそうだ。『悪霊』のスタヴローギンにしても、革命を起こしそうな奴として描かれているしな」

「なるほど。で、ユートピア論はろくでもない、と」

「それは子供を社会がどう管理すべきか、そして家族とはなにか、の問いに繋がるんだが、難しいところだぜ」

「まあ、存分に悩めよ、青島。〈満足な豚より不満足なソクラテス〉ってな」

「ジョン・スチュワート・ミルをここで引き合いに出すかよ。笑える」

「歴史は反復するかもな。ハッカー的な〈境界を壊す倫理〉と、国民国家の〈境界を守ることの倫理〉ってな具合に」

「月天。ラーメンが伸びるぜ。ここは喫茶店じゃなくてラーメン屋だ。食べてすぐに帰る様な場所だ。アメリカのラーメン屋は食べたあともファミレスみたく雑談続けるような場所だ、とは聞いてはいるが、ここは日本だ」

「飯は美味いうちに喰うもんだ」

「だな」

「おれたちが戦っていた〈県下怨霊〉にしても、『子供の問題』だったな。次の世代をどうするか、っていう」

「そして今。同じ店の中で部長とラーメン啜っているのが、その県下怨霊のラスボスであろう〈禁色〉だ」

「やりきれねぇ話だぜ」




〈107話に続く〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み