第61話 県下怨霊八貴族

文字数 1,912文字

「青島……、生きてるか?」

「あたたたた。どうも後頭部ぶん殴られて倒れてたみたいだ。とどめ刺されるかと思ったぜ。月天、敵を駆逐してくれたみたいだな。助かった」

 ゆっくりとおれは起き上がる。
 月天は前方を見ている。
 ああ、どうせボスがいるんだろうなぁ、とうんざりして月天の視線の先を見ると、そこにはアッシュグレイに髪を染めた男がコンクリートの塀の上に片膝ついて座っていた。

「素晴らしい」

 アッシュグレイの男は、拍手をする。

「なにが素晴らしい、だよ? てめぇの部下は全滅してんぞ」
 月天が、釘バットを肩に抱えて、言う。

「さすが、ぶく太を倒したひとたちですねぇ。強い。ですが、あなたたちが巻き込まれたのもまた、そのぶく太を、倒してしまったからなのですよ?」

 おれは自分が攻撃された箇所の確認をしている。
 動かせる部分と、動かさない方がいい箇所ってのがある。
 後頭部は……内出血してたらヤバそうだが、自分じゃ確認できない。
 触ると、痛い。
 でも、ボスがまだいる。


「一般的にはぶく太くんは〈はにかみのぶく太〉と呼ばれていたようですねぇ。我々、〈(かさね)〉の中では位階第八位〈(うめ)(かさね)〉と呼ばれていました」

「梅の襲……だぁ? また風靡な名前してんじゃねーか」
 月天は挑発するようにアッシュグレイの男に返すが、アッシュグレイは、たじろぐこともなく、淡々と話し続ける。

「我々は〈県下怨霊八貴族(けんかおんりょうはちきぞく)〉と言い、県下怨霊はそれぞれ〈( かさね)〉と呼称されます。わたしは位階第七位で、〈移菊(うつろいぎく)(かさね)〉と呼ばれています。冬を表わす〈襲〉として、仲良くさせてもらっていたものでしたが……。まさか〈襲〉以外の者に撃破されてしまうとは……。やれやれ、困ったものですよ。県下怨霊のルールに『〈襲〉同士のラウンドには一般人を巻き込まない』というのがあるのに……その一般人に、こともあろうか撃破されてしまうとは」


 月天は大きくため息をしてから、
「話についていけねーんだが。おまえ、頭イカレてんのか?」
 と、人差し指で自分のこめかみを突いて、言った。



「覚えておいてください。我々は〈県下怨霊八貴族〉です。〈梅の襲〉を撃破してしまったが故、あなたたちは例外的に県下怨霊の〈ラウンド〉への〈参戦〉を許可されました」



「意味がわかんねーぞ」
 目をほそめて、相手が正気か確かめるように言う月天。


「それでは、またお目にかかりましょう…………」




 視界が、珈琲にミルクを入れてかき混ぜた時のように、ぐにゃり、と曲がる。
 おれは思わず、目を閉じた。
 頭痛がする。
 大きい耳鳴りも。
 ……しばらくして、頭痛と耳鳴りが治まってから目を開くと、そこは自分たちの学校の校門の外で、往来にはひとが大勢、歩いていた。

 さっきは、ここにはひとは一人も歩いていなかったのに。
 敵以外は、な。

「なんだったんだ、ありゃ?」
 おれは今いる場所を見回しながら、言う。

「さっきは通学路からここに来て、誰もいねーなぁ、と思ったら襲われたんだよな、あいつらに」

「ああ。そうだった」

「でも、今は普通に登校の時刻って感じに、戻ってる」

「怪我も、そのままだ。現実だったのは確かだ」


 月天は、
「県下怨霊八貴族……ねぇ。意味がわかんねーが。青島は、わかるか?」
 とおれに尋ねるが、もちろん、
「知らねぇ」
 と答える。本当に知らないのだ。


「あとで作戦会議、な」
 月天がおれの肩を叩く。
「あ。釘バットは?」
「ん? そういや、さっき持ってたはずが……。だいたい、しまってたはずなのに、空気が変わったと思ったら持ってたのはなぜだ?」
「そして、消えてる」

「悪ぃ、ちょっと駅前のロッカーまで行ってくる。あのロッカーにしまってあるはずなんだ」

「おれも、ついて行くよ」

 月天が、おれの胸の中央を、拳の裏で、ぽん、と叩く。
「青島。おまえが今から行くのは保健室だ」

「だけど」

「いや。ここで戦えなくなったら終わりだ。保健室へ、行け」

「……わかった」



 どんどんややこしくなっていくが、これからはもっと大変になりそうだな、と痛む自分の後頭部をなでさすりながら、おれは保健室へ向かうことにした。
「気をつけろよ」
 月天の背中に向けて、言う。

 月天は、振り返らずに手を振る。

 まったく、そういうのは死亡フラグに思えるからやめとけ、っていつも言ってんのになぁ。




〈了〉
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