第98話 法の不遡及
文字数 2,125文字
「ジョルジュ・バタイユが昼間は図書館の館長だった話をした方がいいような気がするな」
萌木部長のその言葉に、思わず飲んでいた珈琲を吹き出しそうになって、むせて咳き込んだ。
「ごほごほ、なに言ってるんですか、部長」
「さすが我が部のエロの道化師・山田春樹だけのことはあるな。バタイユはもちろん、読んでいるだろう」
「『無神学大全』は三部作全部読みました。『眼球譚』も『空の青み』も。小説はエロだし、無神学大全は退廃的な評論のようなエッセイのような不思議なものですよね」
佐々山さんが笑う。
「『消尽』は読まないのね」
「いや、読んだけど……、使われすぎでしょう、現代思想で欠かせない概念ですよね、消尽は」
僕の言葉に、部長は「ふむ」と頷いた。
「焚書の話もしたいところだな。文学と政治性。特に焚書の種になりやすかったエロティシズムは、その性格故に政治性を帯びる。なにも投票に行くだけが政治ではない」
「くわえて、この前、部長が話してたパトリオティズムとナショナリズムは違う、って話とか、わかってないひと、多くないですか?」
「まあ、そうだよな……。それにしても、話はそれるがリベラル、ネオリベ弱いよな、この国。当事者もなにかをすぐに曲解して単純化させた話にしてしまうし、……いや、物事の単純化はわざとだとしてもキツいよなぁ。と、いうことで、だ。そういうとき、広義での文学は、役に立つ」
「広い意味での『文学』か……」
「おれたちは学生で、いつかは就職するのだが、バタイユの二重生活は参考にしたいところだな、戦略的に」
佐々山さんが口を挟む。
「参政権の年齢も変わったし、わたしたちは〈責任〉の問題がついてくる年齢が下がって、ある意味で大変と言えるかもね」
部長が少し考えてから、言った。
「そういえば、〈小説のネタに困ったら聖書を開け〉とはよく言われることだよな。責任といえば、自己責任としてパソコンのソフトやアプリの規約がひたすら長いじゃないか。あれの元ネタは聖書だ。旧約聖書のロトのところ」
「ロト? ドラクエ?」
「はぁ。バカねぇ。山田くん好みの話なんだから、覚えてなさいよ」
部長が話を続ける。
「逃亡の途中でロトの妻は塩の柱に変わるが、ロトとその娘たちはゾアルに逃げ延び、山の洞窟に住む。ロトの娘たちは父親を酒で酔わせ、ロトが知らないまま、二連夜にわたって父親のロトとセックスをする。二人はどちらも妊娠する。上の娘はモアブを産み、下の娘はベン・アミを産む」
「えーっと?」
僕にはわからない。
「モーセ五書はわかるだろう?」
「いや、知りませんってば」
「旧約聖書の創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の5つの書が、モーセ五書。またはトーラーと呼ばれている。ロトの時代は創世記にあたるが、レビ記、申命記のあたりで近親相姦が禁止されているはずなんだ。旧約聖書は〈禁止の図法〉と呼ばれていたりする、新約は許しの話……すなわち福音だ。それはともかく、ロトが実の娘と寝たときには神様から禁止されていなかったんだ。これが、〈法の不遡及 〉と呼ばれるものの原型だという説がある。法の不遡及がどういうものかというと、法令の効力はその法の施行時以前には遡って適用されないという法の一般原則を指す」
「え? どういうこと? さっぱりです」
「禁止されてないときにして、後にそれをしてはいけないという法律が生まれた場合、遡ってそれを罰することができない、という原則があって、それにロトは批准している。つまり、ロトを罰することはできない」
「そこから、契約書に書かれていないものについては、基本的に、なんでもしてもいいことなんだ、という話だ。法律の目をかいくぐる、ということは、今現在の政治家だって、よくすることだ。まあ、法律的にアウトなこともしても、もみ消すが。だから、グレーゾーンに食い込んでくることなんて、それ以上によくあることだ。だが、禁止の条項に含まれていなければ、やってもいいことだ、というのが、規約であり、契約書だ。……人間の怨念を考えなければな。人間には感情があるから、そうモラル的に上手くいかないはずだし、法律はそういうわけでバージョンアップしていかなければならないとも言える」
「パソコンのソフトやアプリの規約がひたすら長いじゃないか、ってのはわかりました」
「聖書がベースになっていることが、グローバル的に多いんだ。それと同様に、聖書という著作権のないこの本は、文学でも大活躍だ。使わない手はない」
佐々山さんが話を締める。
「強い物語類型のエピソードも多いし。それ以外の神話も使うのは常套手段ね」
「なーるほどなー」
僕がうんうん頷くと。
付け加える萌木部長。
「最近また流行ったカミュの『ペスト』や、あと例えばドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の、〈大審問官〉のエピソードのような、ストレートに〈神学〉を述べたものでもなくても、聖書や神話がベースになっているものはいろいろ転がっている、ってことさ」
〈了〉
萌木部長のその言葉に、思わず飲んでいた珈琲を吹き出しそうになって、むせて咳き込んだ。
「ごほごほ、なに言ってるんですか、部長」
「さすが我が部のエロの道化師・山田春樹だけのことはあるな。バタイユはもちろん、読んでいるだろう」
「『無神学大全』は三部作全部読みました。『眼球譚』も『空の青み』も。小説はエロだし、無神学大全は退廃的な評論のようなエッセイのような不思議なものですよね」
佐々山さんが笑う。
「『消尽』は読まないのね」
「いや、読んだけど……、使われすぎでしょう、現代思想で欠かせない概念ですよね、消尽は」
僕の言葉に、部長は「ふむ」と頷いた。
「焚書の話もしたいところだな。文学と政治性。特に焚書の種になりやすかったエロティシズムは、その性格故に政治性を帯びる。なにも投票に行くだけが政治ではない」
「くわえて、この前、部長が話してたパトリオティズムとナショナリズムは違う、って話とか、わかってないひと、多くないですか?」
「まあ、そうだよな……。それにしても、話はそれるがリベラル、ネオリベ弱いよな、この国。当事者もなにかをすぐに曲解して単純化させた話にしてしまうし、……いや、物事の単純化はわざとだとしてもキツいよなぁ。と、いうことで、だ。そういうとき、広義での文学は、役に立つ」
「広い意味での『文学』か……」
「おれたちは学生で、いつかは就職するのだが、バタイユの二重生活は参考にしたいところだな、戦略的に」
佐々山さんが口を挟む。
「参政権の年齢も変わったし、わたしたちは〈責任〉の問題がついてくる年齢が下がって、ある意味で大変と言えるかもね」
部長が少し考えてから、言った。
「そういえば、〈小説のネタに困ったら聖書を開け〉とはよく言われることだよな。責任といえば、自己責任としてパソコンのソフトやアプリの規約がひたすら長いじゃないか。あれの元ネタは聖書だ。旧約聖書のロトのところ」
「ロト? ドラクエ?」
「はぁ。バカねぇ。山田くん好みの話なんだから、覚えてなさいよ」
部長が話を続ける。
「逃亡の途中でロトの妻は塩の柱に変わるが、ロトとその娘たちはゾアルに逃げ延び、山の洞窟に住む。ロトの娘たちは父親を酒で酔わせ、ロトが知らないまま、二連夜にわたって父親のロトとセックスをする。二人はどちらも妊娠する。上の娘はモアブを産み、下の娘はベン・アミを産む」
「えーっと?」
僕にはわからない。
「モーセ五書はわかるだろう?」
「いや、知りませんってば」
「旧約聖書の創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の5つの書が、モーセ五書。またはトーラーと呼ばれている。ロトの時代は創世記にあたるが、レビ記、申命記のあたりで近親相姦が禁止されているはずなんだ。旧約聖書は〈禁止の図法〉と呼ばれていたりする、新約は許しの話……すなわち福音だ。それはともかく、ロトが実の娘と寝たときには神様から禁止されていなかったんだ。これが、〈法の
「え? どういうこと? さっぱりです」
「禁止されてないときにして、後にそれをしてはいけないという法律が生まれた場合、遡ってそれを罰することができない、という原則があって、それにロトは批准している。つまり、ロトを罰することはできない」
「そこから、契約書に書かれていないものについては、基本的に、なんでもしてもいいことなんだ、という話だ。法律の目をかいくぐる、ということは、今現在の政治家だって、よくすることだ。まあ、法律的にアウトなこともしても、もみ消すが。だから、グレーゾーンに食い込んでくることなんて、それ以上によくあることだ。だが、禁止の条項に含まれていなければ、やってもいいことだ、というのが、規約であり、契約書だ。……人間の怨念を考えなければな。人間には感情があるから、そうモラル的に上手くいかないはずだし、法律はそういうわけでバージョンアップしていかなければならないとも言える」
「パソコンのソフトやアプリの規約がひたすら長いじゃないか、ってのはわかりました」
「聖書がベースになっていることが、グローバル的に多いんだ。それと同様に、聖書という著作権のないこの本は、文学でも大活躍だ。使わない手はない」
佐々山さんが話を締める。
「強い物語類型のエピソードも多いし。それ以外の神話も使うのは常套手段ね」
「なーるほどなー」
僕がうんうん頷くと。
付け加える萌木部長。
「最近また流行ったカミュの『ペスト』や、あと例えばドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の、〈大審問官〉のエピソードのような、ストレートに〈神学〉を述べたものでもなくても、聖書や神話がベースになっているものはいろいろ転がっている、ってことさ」
〈了〉