第24話 弱く、逃げて生きる人間がいたって良い
文字数 1,814文字
「けどさぁ、結局、僕はなにもできないんだなぁ、と思うんだ。僕なんかに、なにができる?」
「はぁ。山田くんは、『なにかがしたい』とか『なにかを成し遂げたい』とか思っちゃってるわけ?」
「とげのある言い方だなぁ、佐々山さん。学校も資格も、なにも僕には無理だね。朽ち果てるしかない」
「諦観ねぇ。それも悪くないとは思うけど、どうしたのよ、急に」
「クラスの奴がよく『今の時代は!』みたいなこと言うんだよ」
「うっわ。……で。それで?」
「今の時代を見てどうするんだって思う。『未来』こそを見るのが良いのではないか、と」
「未来ねぇ」
「今を見るってことは、現在の自分の足元を見るようなもので、それ自体は必要なんだけど、前を、つまり未来を見据えないとならないな、と僕は思うんだ」
「それは結構なことで」
「でも、僕に未来のビジョンも、現在の享楽も、過去の栄光も、なにもない。努力なんて、たかが知れてるし」
「そういうものかしらね?」
「萌木先輩は勉強が出来るから良い大学に入るだろうし、一年の青島くんは、技術職にも向いてるし、資格を取っていけば、良い人生を送れると思う。でも、僕はダメだ。なにもできやしない」
「女性と浮いた噂すらないものね。噂するには役不足なのは知ってる」
「どういう基準なんだ、それ。噂にならない人間……、まあ、確かに。孤独に生きてるよ」
「わたしと今、フツーに喋ってるじゃん。文芸部のみんなとも仲良いでしょう」
「前にもその話題、あったね。佐々山さんは、孤独がデフォルトって話をしたなぁ」
「今の映画の流れを見ても、王子様に引き取られるようなストーリーは、映画という『夢を見せる』ものにも求められない時代になったのは確かだわ」
「選択するのは自分。つかみ取るのも、自分。こうやって僕が話すとへたっぴな自己責任論みたいだけどね」
「環境要因も、生まれたときの能力値もあるから、つかみ取ろうがつまみ取られようが、似たような部分があることは認めるわ。本質的には変わらないかもしれない」
「『繋がり』と『孤独』の話も、似たような部分、あるね。『消費する物語』として選ばれるのは時代の要請で変わったけど、『どちらの世界』もあるよ。その環境をつかみ取れって? それが『大人になった社会』?」
「今日はいつになく毒を吐くわね、山田くん」
「どちらにしろ、僕は伸びしろのない人間さ。野垂れしぬのが見える」
「悲観する力ってのも、あるわよ。こういう文脈の話とは全く違うけどね」
「僕にはなにもできない。これからも、できそうにない」
「なにもできなくても、なにもできそうになくても、良いじゃない。野垂れしぬのも良いじゃないの。否定しないわ、それも人生よ。わたしと関係ないところで野垂れしんでくれればね」
「ひでぇ」
「強く生きるとか、逃げないとか、バカらしいわ。弱く、逃げて生きる人間がいたって良いじゃないの。とりあえず、『生きてること自体』に価値はあるわ」
「そうかな」
「それこそ、文学が証明してきたことよ。しぬべきか生きるべきか考えるのは、生きているから考えられることよ。戦争になって、歩くことすらできない、生きていると認識してるかわからない赤ちゃんがしにたいとか考えると思う?」
「しぬって考えるのは、自我が生まれてからか。それも、生きる余地があるからこその状態で、しぬことを考えるってことかな。人間は他の動物よりも独立して生きられるようになるまで、かなり時間がかかる。遅いんだよね。生かされている時期が長い」
「大人になっても周りの人間や社会に生かされている部分はあるわ。見放されても、どうにかなることも、かなりある。昔の社会と比べてね」
「佐々山さん。なんだか僕、まだ生きていて良いような気がしてきたよ」
「え? しぬ気だったのかしら? 安い男ね」
「ああ、そうさ、僕は安い男だよ。わっはっは。って、うぉーい!」
「セルフボケツッコミは文章にすると、難しいわね」
「あれ? ノリツッコミって名称じゃなかったっけ、これ」
「もういいわよ。はぁ。心配して損したわ」
「損とか得とか、そういうのだけで生きていけるようにはなりたくないなぁ」
「ガキね」
「ガキだよ、どーせ僕は」
「ガキな考え方も、嫌いじゃないわ」
「ありがとさん」
〈了〉
「はぁ。山田くんは、『なにかがしたい』とか『なにかを成し遂げたい』とか思っちゃってるわけ?」
「とげのある言い方だなぁ、佐々山さん。学校も資格も、なにも僕には無理だね。朽ち果てるしかない」
「諦観ねぇ。それも悪くないとは思うけど、どうしたのよ、急に」
「クラスの奴がよく『今の時代は!』みたいなこと言うんだよ」
「うっわ。……で。それで?」
「今の時代を見てどうするんだって思う。『未来』こそを見るのが良いのではないか、と」
「未来ねぇ」
「今を見るってことは、現在の自分の足元を見るようなもので、それ自体は必要なんだけど、前を、つまり未来を見据えないとならないな、と僕は思うんだ」
「それは結構なことで」
「でも、僕に未来のビジョンも、現在の享楽も、過去の栄光も、なにもない。努力なんて、たかが知れてるし」
「そういうものかしらね?」
「萌木先輩は勉強が出来るから良い大学に入るだろうし、一年の青島くんは、技術職にも向いてるし、資格を取っていけば、良い人生を送れると思う。でも、僕はダメだ。なにもできやしない」
「女性と浮いた噂すらないものね。噂するには役不足なのは知ってる」
「どういう基準なんだ、それ。噂にならない人間……、まあ、確かに。孤独に生きてるよ」
「わたしと今、フツーに喋ってるじゃん。文芸部のみんなとも仲良いでしょう」
「前にもその話題、あったね。佐々山さんは、孤独がデフォルトって話をしたなぁ」
「今の映画の流れを見ても、王子様に引き取られるようなストーリーは、映画という『夢を見せる』ものにも求められない時代になったのは確かだわ」
「選択するのは自分。つかみ取るのも、自分。こうやって僕が話すとへたっぴな自己責任論みたいだけどね」
「環境要因も、生まれたときの能力値もあるから、つかみ取ろうがつまみ取られようが、似たような部分があることは認めるわ。本質的には変わらないかもしれない」
「『繋がり』と『孤独』の話も、似たような部分、あるね。『消費する物語』として選ばれるのは時代の要請で変わったけど、『どちらの世界』もあるよ。その環境をつかみ取れって? それが『大人になった社会』?」
「今日はいつになく毒を吐くわね、山田くん」
「どちらにしろ、僕は伸びしろのない人間さ。野垂れしぬのが見える」
「悲観する力ってのも、あるわよ。こういう文脈の話とは全く違うけどね」
「僕にはなにもできない。これからも、できそうにない」
「なにもできなくても、なにもできそうになくても、良いじゃない。野垂れしぬのも良いじゃないの。否定しないわ、それも人生よ。わたしと関係ないところで野垂れしんでくれればね」
「ひでぇ」
「強く生きるとか、逃げないとか、バカらしいわ。弱く、逃げて生きる人間がいたって良いじゃないの。とりあえず、『生きてること自体』に価値はあるわ」
「そうかな」
「それこそ、文学が証明してきたことよ。しぬべきか生きるべきか考えるのは、生きているから考えられることよ。戦争になって、歩くことすらできない、生きていると認識してるかわからない赤ちゃんがしにたいとか考えると思う?」
「しぬって考えるのは、自我が生まれてからか。それも、生きる余地があるからこその状態で、しぬことを考えるってことかな。人間は他の動物よりも独立して生きられるようになるまで、かなり時間がかかる。遅いんだよね。生かされている時期が長い」
「大人になっても周りの人間や社会に生かされている部分はあるわ。見放されても、どうにかなることも、かなりある。昔の社会と比べてね」
「佐々山さん。なんだか僕、まだ生きていて良いような気がしてきたよ」
「え? しぬ気だったのかしら? 安い男ね」
「ああ、そうさ、僕は安い男だよ。わっはっは。って、うぉーい!」
「セルフボケツッコミは文章にすると、難しいわね」
「あれ? ノリツッコミって名称じゃなかったっけ、これ」
「もういいわよ。はぁ。心配して損したわ」
「損とか得とか、そういうのだけで生きていけるようにはなりたくないなぁ」
「ガキね」
「ガキだよ、どーせ僕は」
「ガキな考え方も、嫌いじゃないわ」
「ありがとさん」
〈了〉