第33話 ジャンル縛り

文字数 1,355文字

 早朝。
 朝練の時間だ、ということで、僕は部長と佐々山さんとの三人で、部室に集まっていた。
 一年生コンビは、今日は早朝、町のごみ拾いに駆り出されていて、ここにはいない。

 萌木部長が、悟ったかのような口ぶりで、こんなことを言った。

「おれは、なにか目新しい要素をつくれなければ、新しく小説を書き始める必要性を感じないんだよ」

「目新しい要素?」

 萌木部長の、その悟ったような口調でのへんてこな論理に、僕は首を傾げた。

「言い換えれば、〈自分の中での〉新しいネタや新要素という、今まで自分がやったことがないことにチャレンジすることに、意義を見出している、ということだな」

「えー、締め切りがあっても、ですか?」

「その時は無理やりひねり出すさ、この空っぽなのーみそから、な」

「部長は偉いなぁ。僕は逆ですよー」

 と、そこでパイプ椅子を後ろに傾けて軋ませながら、佐々山さんが僕の声を遮る。

「山田くんはアレでしょ。自家中毒に陥った私小説好きそうですものねぇ。自己模倣しつつ、バージョンアップを狙うタイプの物書き」

「言い方がひどいや、佐々山さん」

 部長がそれを受けて、こう言う。

「いつも違うことにチャレンジしないといけないという法はない。『また〈いつもの〉かよ!』って言いながらも、読んでしまう作家の作品というのも、世の中にはあるな」

「作家の味、とは言うけれど、山田くん。アップグレードするならいいけど、そういうひとは大抵は縮小再生産でダウングレードしていくものよ?」

 佐々山さんの瞳が、猫の目のようにきらーん、と光る。

 僕は喉に魚の小骨かなにかが詰まったようになって、上手く喋れなくなった。

 部長が言葉を紡ぐ。

「ペーパーバックの、アメリカでパルプ小説と呼ばれた一群の小説を、想起するなぁ」

「あら、部長。ディックやバロウズのことを言いたいのかしら」

 部長はニヤリと口元を緩めた。

「ブコウスキーも、な」

「エロ、及びボーイズラブが爆発的に人気が出たときに言われたのが『エロ/ボーイズラブ、ならば、その要素さえ入っていれば、あとはなにを書いても〈自由〉だぜ!』っていう話よね。覚えているかしら」

「佐々山。お前は何歳だ? それはともかく、ジャンル縛りがあって、でも、その要件さえこなせばなんでもあり、という気風は、様々な時代に、様々なカタチで、あったことは確かだな」

「〈縛り〉って要するに、〈ネタ〉と言い換えられるわ。萌木部長の書き方ね。一方、自己模倣という〈作家性〉だけで突破しようとするのが、山田くんの書き方、と言えるかもね」

 僕は思わず噴き出してしまった。

「なに噴き出してんのよ、山田くん。おかしいことでも?」

「時代に迎合しよう、って話に全くならないんだな、って。こういう話題、流行に乗るか自分の好きなもの書くかの二択で話が進むでしょ、普通は」

 僕らは笑いあった。
 なにがおかしいのだかよくわかってないけど、なんだか、笑えた。
 ひとしきり笑ったあと、僕らは部室を出て、朝の授業に向かう。
 トークするだけで朝練の時間は終わってしまった。
 でも、決して無駄ではなかった、と思うんだけど、どうだろうか?



〈了〉
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