第69話 メタフィクション

文字数 1,857文字

「小説なんて誰でも書けるが、『小説書きの人間より、小説書かないけど学力高い僕の方が小説上手いもんね自慢』は、やめた方がいいと思うんだよ」

 ふと、部長がそんなことを言った。

 パソコンのキーボードを叩く手を止めて、僕が部長の方を見ると、部長は心底うんざりしたような顔をしていた。

「仕方なくメタフィクション的に話してしまうが、この小説の作者の成瀬川るるせよりおれの方が小説うまいもんね、成瀬川るるせの小説なんか読まないしるるせはおれの素晴らしい文体を賛美せよ、って手合いの奴が、るるせの人生の中でかなりの頻度で現れてくるんだが。いろいろ突っ込みたくなる部分があってな。仕方ないからそういう奴に『へー。上手いんだぁ』とるるせが言ってみると『るるせより学力が高いからな。おれはなになに大学を卒業しているエリートで、るるせより学力が高いからな』みたいなマウントを取ってくる手合いがほとんどなんだ。でも、成瀬川るるせって中学生の県内学力テストでは国語、卒業するまで毎回、県内2位か3位だったし、高校の全国模試では毎回、国語は全国50位台をキープしていた。で、50位までは、名前と学校名が出るのだが、その50位以内は、開成とラサールと灘校の生徒だけで占められていたんだ。るるせより国語の学力が上の奴は全員、その3校の奴だったとみるのが妥当だろう。国語の学力を考えると、『おれの方が小説書きを自称するるるせより学力が高い』というそいつの理屈は論理が破綻しているんだよ。なぜならば、るるせより『学歴』はあるのだろうが、純粋な国語の『学力』で言うと、言ってくる『僕の方が上手いもんね』な奴が開成やラサールや灘校に通ってたとは思えないから…………学歴と学力はイコールではない。まあ、そういうことだ。るるせが54位だったときに51位から53位の学力を有している学生だった可能性がないとは言い切れないが、確率としては、低い。そして、そういう奴は今まで、例外なく、『僕は語彙力がすごいもんね!』というのをひけらかしてるだけで、数ページ、なにかの『描写を、語彙力豊かにしているだけ』の、頑張って分類すればいわゆる散文詩を書いてるっぽいだけで、ストーリーがないし、書き出しだけ書いてるか未完で終わる。ストーリーがないことがウリの、例えば〈ヌーヴォー・ロマン〉や〈アンチ・ロマン〉の小説のような批評性があるかと言えばそれもなく、ただの無内容なんだ。そして、困ったことに、そもそもWeb小説というのは〈既存の小説が気に食わない奴〉が読者層として一定数いるし、Web自体が〈ウェブにいるおれたちがつくりあげる世界であり、文化である〉という思想があるのは、1996年に書かれた『サイバースペース独立宣言』(青空文庫にあるほど、重要であり、また、Web思想的に正統性があると考えていい)を読めばあきらかだ。なので、友人たちに〈小説もどきを書いているだけの才能なしのクズ野郎〉と罵られている成瀬川るるせと違って、その〈僕は才能あるもんねポエマー〉の方が、なにか書いたときに褒められるので、結果、成瀬川るるせをポエマーが見下す、という状態が生まれるのだよ。もちろん、昔、編集者の金で渋谷のドゥマゴ文化村付近にあった店の高級焼き肉食ってただけで偉そうにしていて、業界から嫌われることになった成瀬川るるせより、その自己愛ポエマーたちの方が世間的に評価される、という状況ができあがるのは必然だとも言えるのだが、な」


 僕はため息を吐いた。

「部長。それ、成瀬川るるせが編集者の、っていうか経費で落とした金で、高級焼き肉食ってたのが悪いんじゃないですか?」


「……そうなんだよ。クズ野郎なのは、確かなことなのだ」


「…………」

「…………」

「…………」



 大きく深呼吸してから、僕はまたパソコンのキーボードを叩き、小説を書き始めた。
 ひどく後味の悪い話だった。
 そもそもその編集者さんから、
「相当有名な作家でない限り、メタフィクションを書くのは避けろ。しらけるだけで、面白くもなんともないのがほとんどだからだ」
 と、アドバイスを受けた成瀬川るるせなのである。
 アドバイスを守る気がない、というのがありありとわかる。
 いつまで経っても成長しない奴。それがるるせという奴で、バカにされても仕方がないよね、と僕は思った。
 後味悪いよ……、この話。
 でも、後悔したところで、彼の過去は消えないのだ。






〈余談:了〉
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