第40話 児戯

文字数 1,170文字

「一体、小説って表現に、なにが出来るんだろうな」

「どうしたんですか、部長? 佐々山さんと上手くいってないんですか」

「山田。佐々山とおれは付き合ってないからな。それに、上手くいってないのは、この文芸部と生徒会だよ」

「ああ。生徒会……。それで、小説のことを?」

「文章ということひとつとっても、学者の書く論文や、評論、批評と比べて文学が出来ることは児戯だと思っている人々は多い」

「児戯、ですか」

「心を打つ物語も、あらすじのないアンチロマンやポストモダン文学も、世の中に必要かどうかは謎だ。ただし、〈文学がないと生きられないひと〉たちが存在するのも、また確かだ」

「あー、でも、幼稚園児でさえ絵本を書く遊戯をしたりしますもんね」

「それでいうと、小説という形式とイラストや絵画、一目で心を打つのは絵の方じゃないか。映画など映像は見入ることさえ出来ればいいし、な。小説は〈読む〉動作が必要だ」

「ゲームは没入感があるしなぁ。小説や文学が有利なのって、どういうのなんだろう」

「それはある意味答えがあって、まあ、模範解答ということだが、〈人間の想像力の挑戦〉だ、とは言える」

「想像力?」

「ミシェル・フーコーがベンサムのパノプティコンの話を書いてもピンと来ないひとはいるだろうが、ジョージ・オーウェルの『1984年』を読めば、本来なら難しい言い方をしないと伝わらないはずの〈監視〉というものがオーウェルの小説では〈ビッグ・ブラザー〉という実体を持っていて、臨場感を持って伝わる。じっくり伝えるには、文章が適していて、それに加えて物語でわかりやすく伝えることが出来るという利点がある」

「それは、強いですね。そうですねぇ」

「あとは、フィクションであること自体が有利に働くこともある」

「でも、萌木部長は、その〈模範解答〉を知っていても、悩んでいるんですよね」

「そうなんだ。それを、〈小説・文学を書く意味〉を、提示出来なければ、おれたちに明日はない」

「おれたちに明日はない、……か」

「意味に囚われるのも問題だが、それでも執筆するおれたちは、もう一度、よく考える必要があるだろう」

「青島くんや佐々山さん、それに月天くんは、どういう意見を持っているのかな」

「山田は、どう思う?」

「えへへ。部長が言ってるじゃないですか。〈文学がないと生きられないひと〉がいるって。僕はそういうタイプ。だから、〈外部のひと〉のことがわからない。想像力の欠如かもしれないけど、でも、考えるの、難しいのは事実。部長もそうなんでしょ?」

「そうなんだよな」

「修行が足りない、だけかもしれませんよ、想像力を鍛えるのが、まだまだ足りてないんじゃないかな」

「そう言われると、なにも言い返せないな」




〈了〉
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