第31話 『トカトントン』

文字数 938文字

「トカトントン」

「は?」

「トカトントン」

「なに擬音出してるの、佐々山さん」

「山田よ。佐々山は太宰治の小説『トカトントン』に出てくる有名な擬音を発話することによって、自分が今、黄昏れているのを表現しているんだ」

「フッ。トカトントン……」

「えーっと、萌木部長。『トカトントン』って言うのはどんな小説で」

「トカトントン、という音が聴こえてくると、〈シラけてしまう〉という小説だ」

「はぁ……」

「ちなみに戦争との兼ね合いなどがあるはずなんだが、今の佐々山の引用はそれとは関係ないと思われる。大丈夫!」

「ええ……、握りこぶしで大丈夫とか言われても」

「山田くん、部長も。今、わたしは地元の名士みたいな作家の爺さんに『お前の書く〈小説モドキ〉は読む価値なし!』と言われたことで、ダメージを受けているのよ」

「読む価値なしって……」

「しかも、冒頭の数行をチラ見してから、最後のページ開いて、『これがオチですか。くだらないですねぇ』って」

「うわぁ」

「いや、そんなもんなんだよ、山田。佐々山はそれに耐えて創作の日常に戻るために、トカトントンと言って浄化させようとしているのさ」

「浄化?」

「そう、ソウルジェムを、ね」

「佐々山さん、魔法少女だったの!?」

「だいたいねぇ、地元を舞台にした小説を書いていると地域住民から『あることないこと書いてんじゃねぇ!』って怒鳴られるのよ。フィクションだ、って言ってるのに」

「部長……佐々山さんが言ってることは」

「事実、だな」

「面白おかしく書いてんじゃねーぞ、って言ってきたりね。あと、犯罪者予備軍だと思われる」

「ぶ、部長」

「佐々山はおかしなことなんてひとつも言ってない。事実だ。理解のない世間と戦うのが、物書きだ。山田も肝に銘じておけよ」

「トカトントン」

「佐々山。問おう。トカトントンと言ってるが、お前はシラけているか?」

「燃え上っているわ、憎しみが!」

「佐々山さん、カムバーック!」

「いや、大丈夫だろう。そういうモチベーションの上げ方もあるさ。シラけることなんて、佐々山には無理だから、な」

「今に見てろよ、世間のクソ野郎どもめっ!」



〈了〉
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