青葉の頃は終わった  近藤史恵

文字数 1,904文字

 河合瞳子が大阪郊外のホテル七階から飛び降りた。周囲を魅了した彼女の突然の死。大学卒業から五年、その報せは仲間に大きな動揺を与えた。そんな折り、友人たちに瞳子からのはがきが。そこには、わたしのことを殺さないで、とあった。彼女を死に赴かせたものは? 答えを自問する残された者たちが辿り着いた先は? ほろ苦い青春の終わりを描く感動のミステリー。


(「光文社」より引用)

https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334739737

間違ってはいないのだけど、謳い文句に「推理」は付けないでほしかったな。
でも、間違ってはいないよね。
うん、間違ってはいない。いないけど、これはぼくが思う「推理小説」とは違う。
確かに殺人があってトリックがあって犯人がいる・・・というのとは少し、これは毛色が違っている。
そうそう。まあでも、面白かったけどね。
ぼくはこれ、ヒューマン小説の側面と、推理小説(と言っていいかはともかく)の側面とがあるんだと思うよ。
なるほど?

では、ヒューマンの側面から説明するとこの作品はどんな話になるんだ?

大学時代に仲の良かった女性が死んだ。ホテルから身を投げ自殺した。

……というところから始まる、残された友人たちの鬱屈した心理模様を描いた群像劇。

一人の人間の死をきっかけに人間関係にひびが入ったり、水面下に隠していたはずのものが露わになったりというのは、作品の構成としては比較的よくあるパターンだったかな。
そうだね。表面上は仲良くしていても、裏ではみんな、色々とあるのが人間だもの。
そして思うに、この心模様の描写は刺さる人、刺さらない人がはっきりとわかれる気がするよ。

どんな人に刺さるかな?

過去に一度でも、ここに登場する人々と同じ感情を抱いたことがある人。
……でもここに出てくる全員が、かなり拗らせてるよね?

その拗らせ感情を自分が持ち合わせていると認識している人には、彼らの抱く鬱屈した感情がよく理解できると思う。

逆に、こうした感情の闇に囚われたことがない人には理解できない分野だろうし、ここに出てくる誰に対しても腹立たしさを感じるだろうね。

人の気持ちって、案外平行線だったりするんだよな。

話せばわかり合える、なんて、ただの夢物語だよ。

現実には相手が自分にとってどういう存在かを認識できるだけ。

その認知をもって相手を許容できるかできないかで、関係の色が変わるんだ。

揉めるか、揉めないか、もだね。
そう。


ところで、自殺した女性についてなんだけど……。

彼女は太陽のような人だと思った。
太陽?
愛されて育ち、愛されることが当然と思っている。そうだからこその挫折があったわけで……。
躓きについては物語の核心になるのでこれ以上は控えようか。

了解。


とにかく、そういう天真爛漫な彼女の周りでは、眩しさに恍惚とする者もいるし、逆に影を作る者もいる。

よくも悪くもグループの中心にいる存在って感じかな。リーダーとはまた違った意味での、華というのか。

それを推理小説の側面から説明すると、だからこそ恨みを抱いて彼女を殺した人間がいるのではないかという疑惑が生まれ、これはその疑惑を追究する作品だったのだ、といえるのかもね。


彼女はなぜ、死んだのか。

死後に(一部は生前に)届く「私を殺さないで」というメッセージが印象的だった。
その意味が紐解かれた時にぼくが思ったのは、ひとことで「殺す」といっても、「どのように」の意味は複数ある──ということだった。
その点については、終盤で届く謎の小説が印象深いかな。

「善意」もまた凶器なんだね。「善意」ゆえに拒否しがたい凶器。


でもそこまで読んだ後でぼくは思うんだけど……死ぬことはなかったのでは?

ちょっと、腑に落ちない。

ピアノ奏者の発言も一読では理解しがたい。
まだ多面的な可能性を残した状態なのにかなり意味深な発言が飛び出してしまうんだよね。……あれは、難しい。

ストーリーに一本の筋が通ってからようやく「そういうことね」とは思ったけど、さはさりながらやはり腑には落ちない。

どっちにしても、彼女が死なないことにはこの物語は始まりようがないからなあ。
作品のために何が何でも死んでもらった、というのは確かにあるね(笑)

表題の『青葉の頃は終わった』というのが作品のすべてを表していたね。

もちろんラストで季節の移り変わりのことを言及しているけど、この表題の意味はそれだけじゃない。

青春の終わり、か。大学卒業から五年、という年齢設定もそこにあるんだろうな。
そう。一つの死をきっかけに、残された者たちは学生時代の余韻から抜け出し、それぞれにオトナの道を歩んでいくことになる。
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