トリプルA 小説 格付会社(下) 黒木亮
文字数 2,192文字
もはや投資家は格付を必要としない
毒入りの資産に「AAA」という魔法の粉をふりかけ、まやかしの黄金に仕立てる。資本市場のお目付役から、利潤追求に血道を上げるディールメーカーへと変貌し、破局への道を進んでいった格付会社の蹉跌を描く、迫力のリアルフィクション!
(「日経の本 日経BP」より)
すまん。乾氏の経歴をすっかり間違っておった。
すっかり転職先がそこの会社だと思い込んでしまったんだよね。これもよくよく読めば、最初の転職先は社名さえ出ていない。
乾と三条の一騎打ち感がかなりあった。
この小説に登場する人物たちの所属配置はうまく計算されていると、特に下巻を読むと唸らざるを得ないところがある。
イベント、イベントごとにかちっとハマる人材が、むやみやたらに増えないよう最小限の人数で抑え込んであるんだね。
小さな劇団が繰り広げた良質の舞台に近いものをこれを読んでぼくは感じたよ。あれも一人の役者が何役もこなすことがあるけど、まあなんというか、役者に暇はさせない、という緻密な計算がこの小説にもある。
前半の古き良き時代の面影を消し去り変遷しつつあるマーシャルズを水野さんが見つめ、後半の怒涛の勢いで暴走するマーシャルズを乾さんが見つめる。そんな格付けを巡る国内外の動きを外から沢野さんが眺め、マーシャルズの失墜の後始末で三条さんがクビを切られる。
一見すると沢野の実家が佃煮屋なんて設定は無駄にも見えるんだけど、国内版サブプライムローンのお粗末さを描くにはそれも必要だったりしていてね。
しかし、あれがないと乾はマーシャルズに転職しないよ。それに、あれはあれで、描写がないとこの作品が小説、強いて言うなら物語にならないと思うんだ。
小説を小説たらしめるものって何なのか、ということも、これを読みながら考えてしまった。
そうそう。+αの肉付けをどう持ってきて、どう組み込むかって、やっぱり大事なんだね。
スワンベーカリーだよね。あの考え方には賛同しかない。
作中にあった経営としての姿勢は、いちいちごもっともだった。この小説を読み終わった後で店舗を探したんだけど、残念ながら近くになかった。
……あ! ねえ、脱線ついでにぼくも喋っていい?
一つ、事実と違うものを発見してしまったんだ。
当時、当事者の近くで仕事をしていたからこそ知っているし覚えていることだけど、まあ、当時の新聞には大々的に載っていたから覚えている人は今でも覚えていると思うんだけど、それ、事実とは違うでしょ、ということがしれっとフィクション化されている。考えてみれば、みずほ銀行はそのままの名前で出てくるのに、緑の銀行が住之江銀行という名前で登場するのは随分とおかしいな、と、思ってはいたんだよ。
ムーディーズがマーシャルズ。スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、あれ? なんだったかな? 忘れちゃったな……。あと、沢野氏の保険会社は第一生命なんだよね?
実はぼく、そのくだりを読みながら先日読んだ『天稟』を思い出していた。
そういうの引きやすいんだと思う。今はそういう星回りな気がする。
…………。
あれは日本人への警鐘だとぼくは思うよ。
一字一句そのままここに載せるわけにはいかないけど、要するに「日本人は自分の家が燃えるまで、自分の家は大丈夫と思っている」……的なことが書かれている。
本気出したら優秀、とも書かれてはいるんだけどね。
まあそれが、日本人なのかもしれない。手遅れになってからが強い。