慶應本科と折口信夫 いとま申して2  北村薫

文字数 2,684文字

〈本の達人〉北村薫が読み解く小さな昭和史


明治42年に生まれた父の青春を遺された日記をもとに描き、〈昭和〉という時代を描く「いとま申して」シリーズの第二弾。今回、著者の父・宮本演彦は慶応大学予科から、遂に本科へと進む。そしてこの物語の主役ともいえるふたりの知的巨人が登場する。

その一人が西脇順三郎。慶應義塾大学文学部教授に就任、英文学史などを担当。『三田文学』を中心に「PARADIS PERDU」を仏文で発表するなど批評活動を開始してきたが、本書の舞台となる昭和10年頃には詩集『Ambarvalia(アムバルワリア)』で詩壇の萩原朔太郎、室生犀星の称賛を受け、詩誌『詩法』の創刊に参画。その英文の授業は、実に刺激的なものだったという。

もう一人の巨人は、国文学者・民俗学者として知られる折口信夫。学生を連れてしばしば日本各地へフィールドワークに赴き、演彦青年もその薫陶を受ける。折口信夫門下生として関西旅行にともに赴くが、奈良、京都の風景の細やかな描写、何気ない日常の光景が、在りし日の大学教授と学生たちの息遣いをよみがえらせる。

西脇、折口師以外にも、演彦氏が、後に演劇評論家となる友人の加賀山直三とともに、歌舞伎に親しんだことから、市村羽左衛門、中村福助ら当時の花形役者たちのエピソード、そして徐々に色濃くなる戦時色も日常の光景としてつづられていく。

昭和初期を実体験的に知る重要な資料であると同時に、ひとりの青年の切実な悩みを吐露する青春の物語。著者曰く「当時の学生の姿を、このような形でとらえた本はあまりない」一冊となった。


(文藝春秋BOOKSより引用)

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163901688

相変わらず、いい文章を書く。
染み入るよね。父親のことを綴る文章ならばの偏りなんかがあっても不思議ではないのに、どこにも力が入っていない(ように見える)。とにもかくにも自然体。

そうでありながら、子が親を見る孝行の眼差しが柔らかい。

そうであるからこそ、読みやすい。
時代は「五・一五事件」の頃なんだね。

昭和の一桁と漠然と読んでいたら、事件が起きて「およよよ」という感じはした。

でも、話はさらりと流れてしまうし、主人公的な関心はそこにはなかったということがよくわかる(笑)

現代じゃ歴史上の重要項目として「五・一五事件」「二・二六事件」を併記するのに、当時の学生がこんなんだと思うとなんか拍子抜け。
ぼくら、政治に対する狂気に近い熱意を過去の学生たちが持っていた、というイメージを抱きがちだけど、それってただ単に戦後の学生運動のせいにも思う。
……うーん、そういえば。そもそも学生運動ってなんだったんだろう。

その虚しさは先日読んだ『羽根と翼』の方に解説を譲ることにして、ぼくらはこ……。

いやいや! 何言ってるの。あっちだって大して解説してなかったじゃない。
う、うるさいなあ! ぼくが解説するんじゃなくて、作品の中身で解説とせよってこと。読めばいい。読めば!

うわ、姑息!

…………。

あーあー。いつも通りだー。

ええい!

おおっと。……んで、「五・一五事件」? 歴史の教科書にも載っていたキーワードだけど、実は「二・二六事件」との違いとかよくわかんなかったりする。

ぼくとしては、「二・二六事件」というと『蒲生邸事件』を真っ先に思い出すけど。

ははん。実は内容全然覚えていませんとか、そういうオチを付けるんでしょ?

ドキッ

あーあー

タイムトリップしたらその時代でした、ってのと、タイムトリップのたびに鼻血出していた印象だけは残っているんだが……。

どうして毎度毎度、そういう細部ばっかり記憶して本筋を忘れちゃうんだろね?

どうしてと、言われても……。

まあ、いいや。肝心の『慶應本科と折口信夫』については、「五・一五事件」の引き金の一つでもあった空前の大不況に社会が喘いでいて、主人公もその荒波に翻弄されている様子が描かれている。……ってことでいいんでしょ?
実家が返済の当てのない借金に苦しんでいる一方で、大学生活を謳歌しているようにも見えるところがあるよね。ぼくらもバブル崩壊後の就職氷河期で苦しんだけど、実体としてどこまでしんどかったかとなると難しいもんな……。
まあ、それでもかなりの葛藤をしている様子がリアルだと思うんだ。
この金を使うべきか、使わざるべきか。まあ結局使ってしまうわけだけど、その言い訳がまた微笑ましい。そういう葛藤に悩んだ時はぼくにもあった。

歳を食ってしまえば、そんなものは実に些末な悩みに思えるよ。
現実、本を売ってお金を工面しているわけだしねえ。
学友たちのように贅沢なお金の使い方ができていない現実もよくわかる。

しかも生活が苦しいんだと周囲に言えないプライド、みたいなの?

そういう意地っ張りな性格、嫌いじゃないんだよね。リアルだと喧嘩になるけど(笑)

さて。前作と変わらず歌舞伎のネタに熱い本書。

今回はそこに神の如き人物が降臨する。
まさに、神(笑)
なんかさ、あれはぼくにとっての某作家かなと思わなくもなかった。
ん?
本体は崇拝や尊敬に値するんだけど、それを熱狂的に持て囃す周囲の熱意にはそれほど迎合できないという、あれ。
ああ、あれ。
宗教にも当てはまるところがあるけど、時にそれが「全」になってしまうことがあるでしょ。神のものならウンチでもご馳走、的な。

ウンチはウンチである、汚物なりと言うと、「何を言っているか、不敬なるぞ」となってしまう、あれ。そういうものを感じるんだよね。

狂信的、という言葉はよくできた言葉だと思うんだ。
その一方で主人公の前に現れ影響を与える人物がもう一人いるね。
それほど大きく登場しているわけではないけど、当時はあれが珍しい(新しい)学問で他からも下に見られがちだったというのはちょっと驚いた。
それにしても、弟はショックだね……。
1巻においても妹と比べてその後の記述が薄いとは思っていた。案の定というか。
今の医学なら救えたんだろうか。
そう考えると医術の進歩ってすさまじいと思うことがある。ぼくの父親も今白血病で闘病しているけど、それだって昔は原因がわからぬままにぽっくりと逝っていたんだと思うし本当に、ぼくは心から現代に感謝しているよ。
さて、問題の主眼の、就職問題。
うまく乗り切ってその血が著者にまで繋がっているから安心はしているけど、この空前の大不況をどう乗り切っていくのかは3巻を待て、ということになった。
1巻で登場した謎の女性の正体も持ち越しだね。
あれ、誰なんだろうね。モヤモヤする(笑)
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