スワン 呉勝浩
文字数 3,811文字
銃撃テロを生き延びた五人。彼らは何を隠しているのか、何を恐れているのか
首都圏の巨大ショッピングモール「スワン」で起きたテロ事件。
死者二十一名、重軽傷者十七名を出した前代未聞の悲劇の渦中で、犯人と接しながら、高校生のいずみは事件を生き延びた。
しかし、取り戻したはずの平穏な日々は、同じく事件に遭遇し、大けがをして入院中の同級生・小梢の告発によって乱される。
次に誰を殺すか、いずみが犯人に指名させられたこと。そしてそのことでいずみが生きながらえたという事実が、週刊誌に暴露されたのだ。
被害者から一転、非難の的となったいずみ。
そんななか、彼女のもとに一通の招待状が届く。集まったのは、事件に巻き込まれ、生き残った五人の関係者。目的は事件の中の一つの「死」の真相を明らかにすること。
彼らが抱える秘密とは? そして隠された真実とは。
圧倒的な感動。10年代ミステリ最後の衝撃!
(KADOKAWAより引用)
うん、ない。
こんなにワクワクして、ドキドキして、あれやこれやと考えて、多くの嘘の前に混乱して、真実の前に目を見開いて、読み切ったあとで爽快だった小説は久しぶりだった。
これがエンターテイメントなんだよ! どうだ! って鼻息荒く言われた気がした。
イザークは「状況に応じて右にも左にも傾き、白にも黒にもなる大いなる意思」だって言っているよね。
ウドは「ガリアの大地を象徴している」と解釈しているけど、あの2人の意図するところはつまるところ同じだよね?
それはどうだろうか。
無力だったはずの君は力を得て、アラスターやバジリオ、ルシアンの願いを受けてあの人を生かす道を選ぶじゃないか。
君だけの意志ではなかったことも認めてほしい。
群衆は無力であり、さはさりながらきっかけ一つで世界の
君はバジリオたちに出会わずに、それでもあの人に「死んでほしくない」と願ったろうか?
彼らと出会わずに過ぎ去った過去の歴史の中で、君と同じ役割を与えられた《小さき者》があの人を何度も見殺しにしてきたこともまた、示されていたはずだけど。
と、それはともあれ。この「どちらでもない意志」が黒い力を得たときを描く創作物は毎度、腹が立つほど真実を穿つと思う。
そうだね。「顔の見えない・縁もゆかりもないはずの他人」が振りかざす悪意の存在を最初にぼくに教えてくれたのはあの小説だった。
あの当時のぼくはまだ若かったし、世間を知らなかったからね。
そんなものかと驚いた。でも、実感するようなリアルさはなかった。なにぶん、ぼく自身は若かった。
うん。
そうなると、「善意」が振りかざす「正義」を名乗る悪意の存在を最初に教えてくれたのはなんだったかな?
小説と言うよりは、実生活の中で実感してきたようにも思うけど。
とても多いよね。そして、これほどに創作家や評論家たちによって警鐘を鳴らされ揶揄されているにも関わらず、「群衆」はそれが自分たちのことであると、そして嗤われているのは自分たちなのだということを認識しない。
群衆に紛れることで個々の人間はおそろしく愚かになる。
「内」は当事者意識の及ぶ範囲。
「外」はその範囲外、他人事の世界。
そこに映る人々もまた、「生きた」「個々の」「血の通う」「心を持った」人間であるにも関わらず、我々は彼らをテレビドラマか何かを見ているかのような感覚で眺めていやしないだろうか。
だから平然と、個人の人格に対しての誹謗や中傷が行える。
そもそも、その「正義」を振りかざす権利を自分たちが持っていると、なぜ思うのだろうね。
攻撃対象の相手は、あなたのいかなる法的権利を侵害したのか。
それによってあなたが行った行為こそ、相手の法的権利を侵害しているとは思わないのか。
そもそもあなたは彼らの何を知っているのか。彼らの声、彼らの気持ち、彼らの人生の、何を知っているというのか。
スマホの向こう側の世界をフィクションと思うなら、ただ眺めていればいい。
正義を得た瞬間に画面を乗り越えて、具体的な攻撃に出る群衆のその品のなさには毎度憤りしか感じない。
わかりやすい尺度をぼくらは常に求めている。世界には「善」があり「悪」がある。そうでなくては困るんだ。
自分たちが「善」の側にいることを確かめるために、ぼくらは「悪」を必要とする。
殺人者を「悪」ということにすることで、そうではない自分たちが「善」であることをぼくらは確かめる。
もっともシンプルな善悪の構図だ。
「悪」であれ「悪ということにできるもの」であれ、そういうものは群衆的にはひとくくりだってことなんだろう。
繰り返すけど、ぼくらは誰かを必要とするんだよ。攻撃できる隙のある者を。弱い者を。
それらを執拗に
観客(群衆)を前に舞台を用意し、適切な演出を施し演じ切ってみせるって。すごいよね。
要は「群衆」を味方につければいい。そこに真実があろうがなかろうがどうだっていいんだってことに、高校生が辿り着いてしまったんだ。
名探偵的役割かと思いきや、いや、名探偵的役割ではあったんだけど(笑)