スワン  呉勝浩

文字数 3,811文字

銃撃テロを生き延びた五人。彼らは何を隠しているのか、何を恐れているのか


首都圏の巨大ショッピングモール「スワン」で起きたテロ事件。

死者二十一名、重軽傷者十七名を出した前代未聞の悲劇の渦中で、犯人と接しながら、高校生のいずみは事件を生き延びた。

しかし、取り戻したはずの平穏な日々は、同じく事件に遭遇し、大けがをして入院中の同級生・小梢の告発によって乱される。

次に誰を殺すか、いずみが犯人に指名させられたこと。そしてそのことでいずみが生きながらえたという事実が、週刊誌に暴露されたのだ。

被害者から一転、非難の的となったいずみ。

そんななか、彼女のもとに一通の招待状が届く。集まったのは、事件に巻き込まれ、生き残った五人の関係者。目的は事件の中の一つの「死」の真相を明らかにすること。

彼らが抱える秘密とは? そして隠された真実とは。


圧倒的な感動。10年代ミステリ最後の衝撃!


(KADOKAWAより引用)

https://www.kadokawa.co.jp/product/321905000425/

隙がまったく無い。

うん、ない。


こんなにワクワクして、ドキドキして、あれやこれやと考えて、多くの嘘の前に混乱して、真実の前に目を見開いて、読み切ったあとで爽快だった小説は久しぶりだった。


これがエンターテイメントなんだよ! どうだ! って鼻息荒く言われた気がした。

よくあるテーマだけど、避けては通れない「群衆とは?」
ん? それは、ぼくなりの答えは君の中に作り込んでいるんだけどな?
? ぼく?

イザークは「状況に応じて右にも左にも傾き、白にも黒にもなる大いなる意思」だって言っているよね。

ウドは「ガリアの大地を象徴している」と解釈しているけど、あの2人の意図するところはつまるところ同じだよね?

うーん、現実のぼくは、ただの猫なんだけど?(汗

それはどうだろうか。

無力だったはずの君は力を得て、アラスターやバジリオ、ルシアンの願いを受けてあの人を生かす道を選ぶじゃないか。


それはぼくの意志でもあった!

君だけの意志ではなかったことも認めてほしい。


群衆は無力であり、さはさりながらきっかけ一つで世界の(ことわり)を捻じ曲げるだけの力も持っている。


君はバジリオたちに出会わずに、それでもあの人に「死んでほしくない」と願ったろうか?

彼らと出会わずに過ぎ去った過去の歴史の中で、君と同じ役割を与えられた《小さき者》があの人を何度も見殺しにしてきたこともまた、示されていたはずだけど。

…………。

と、それはともあれ。この「どちらでもない意志」が黒い力を得たときを描く創作物は毎度、腹が立つほど真実を穿つと思う。


群衆の残酷さを最初に圭さんの前に示した小説は『今夜は眠れない』だったんじゃない?

そうだね。「顔の見えない・縁もゆかりもないはずの他人」が振りかざす悪意の存在を最初にぼくに教えてくれたのはあの小説だった。

あの当時のぼくはまだ若かったし、世間を知らなかったからね。

そんなものかと驚いた。でも、実感するようなリアルさはなかった。なにぶん、ぼく自身は若かった。

『今夜は眠れない』で示されたのは、明確に「悪意」だったよね。

うん。

そうなると、「善意」が振りかざす「正義」を名乗る悪意の存在を最初に教えてくれたのはなんだったかな?


小説と言うよりは、実生活の中で実感してきたようにも思うけど。

SNSが発達する中で、この「匿名」による “ 正義らしきもの ” の遂行を題材にする創作物はどんどん増えていっているように思う。

とても多いよね。そして、これほどに創作家や評論家たちによって警鐘を鳴らされ揶揄されているにも関わらず、「群衆」はそれが自分たちのことであると、そして嗤われているのは自分たちなのだということを認識しない。


群衆に紛れることで個々の人間はおそろしく愚かになる。

戻るけど、「群衆とは何か?」
「他人事」と置き換えてみるのもよさそうじゃないか?
「群衆」という枠にハマった時、たしかに人は当事者意識を欠落させるように思う。
「内」と「外」の概念って知っている?
ん?

「内」は当事者意識の及ぶ範囲。

「外」はその範囲外、他人事の世界。


群衆は「外」を見ている?
そういうことになる。新聞の向こう側、テレビの向こう側、スマホの向こう側の世界を、フィクションか何かと勘違いしている。リアルであることを実感できない。それが「群衆」に人がまぎれるということでもある。
向こう側の世界にも、実際にはリアルがあるのにね。

そこに映る人々もまた、「生きた」「個々の」「血の通う」「心を持った」人間であるにも関わらず、我々は彼らをテレビドラマか何かを見ているかのような感覚で眺めていやしないだろうか。

だから平然と、個人の人格に対しての誹謗や中傷が行える。

それで自殺してしまった人もいるもんね……。

人は、自分が言われていやなこと、されたら不快なこと、それをどうしてスマホの向こう側にいる誰かに対しては言ってもいい、やってもいいと思うんだろうね?

精神が子供なんじゃない?(にやにや

そんな彼らは、「正義らしきもの」を得た時にさらに暴走すると思う。

そもそも、その「正義」を振りかざす権利を自分たちが持っていると、なぜ思うのだろうね。


攻撃対象の相手は、あなたのいかなる法的権利を侵害したのか。

それによってあなたが行った行為こそ、相手の法的権利を侵害しているとは思わないのか。

そもそもあなたは彼らの何を知っているのか。彼らの声、彼らの気持ち、彼らの人生の、何を知っているというのか。


スマホの向こう側の世界をフィクションと思うなら、ただ眺めていればいい。


正義を得た瞬間に画面を乗り越えて、具体的な攻撃に出る群衆のその品のなさには毎度憤りしか感じない。

でもさあ、こういった第三者による当事者への理不尽なバッシングは、実は有史以前からずっと続いて来たんじゃない?

それなのに「群衆」はちっとも賢くならない。

どうしてなの?

人間だから、としかいいようがない。
人間だから?
ぼくらは常に「悪」を必要とする生き物なんだよ。
悪……。

わかりやすい尺度をぼくらは常に求めている。世界には「善」があり「悪」がある。そうでなくては困るんだ。


自分たちが「善」の側にいることを確かめるために、ぼくらは「悪」を必要とする。

悲しいね。
この『スワン』の中にもあったようね。「悪ということにされる」。「悪」ではなく「悪ということ」。
「悪」とは何かを考え出すとこれまた深みにはまってしまいそうだけど、実は「悪」の定義も難しい問題だよね。法律を犯すものだけが「悪」とは限らない。
明確に「悪」と断言できるものは、自分を攻撃するものだけだ。殺人者は世間的には「悪」だが、乱暴な言い方をするとぼくを殺したわけでない以上はぼくにとっては「悪」ではない。
でも、「悪ということにされる」

殺人者を「悪」ということにすることで、そうではない自分たちが「善」であることをぼくらは確かめる。


もっともシンプルな善悪の構図だ。

でもさ、こうやって法を犯した人を「悪」とするのはまだわかるけどさ、『スワン』のようにそうじゃない人を非難して叩くのはどうしてなの?

「悪」であれ「悪ということにできるもの」であれ、そういうものは群衆的にはひとくくりだってことなんだろう。

繰り返すけど、ぼくらは誰かを必要とするんだよ。攻撃できる隙のある者を。弱い者を。

それらを執拗に(なじ)ることで「あちら側」ではない、「こちら側」にいる自分を認識する。

結果、自分たちが「悪」になってない?
互いに、互いを「悪」とみなす構図がここに出来上がるんだよね。人間ってそういう対立の構図の中でしか生きられないんじゃないかと最近のぼくは思うんだ。
戦争もそうか。
戦争の場合、どちらかが圧倒的に「悪」ということはない。「正義」と「正義」がぶつかって、負けた方が「悪ということにされる」。
その拗れた形が「群衆」対「個人」ということなんだろうか。
でも『スワン』はさ、そんな「群衆」に対して反旗の狼煙をあげようとしているじゃない?
めちゃくちゃかっこいい。

観客(群衆)を前に舞台を用意し、適切な演出を施し演じ切ってみせるって。すごいよね。


要は「群衆」を味方につければいい。そこに真実があろうがなかろうがどうだっていいんだってことに、高校生が辿り着いてしまったんだ。

ほんと、かっこいい。かっこいいけど、とても皮肉。
彼女をそうさせたのは、紛れもなく「群衆」だからねえ。
どのような言葉をもってしても真実は明らかにならないってのも、なんだかな。
自分でさえ明確に説明できないその瞬間を、他人によって定義されるというその皮肉もまた凄まじかったね。

あと、事件を契機に苦しみもがく人々の、それでも自問自答し続ける良心と悪心の葛藤が、読んでいると痛いほどで。

でも、目を背けられなくて読んでしまう。

いやあ、読ませるよねえ・・・。
個人的には弁護士が好きだけどな。
キレ者なんだか抜けサクなんだかよくわからん、おいしいポジションだったよね。

名探偵的役割かと思いきや、いや、名探偵的役割ではあったんだけど(笑)


にしても、あのとき起きた本当のことを知るのが主人公と読者だけっての、ちょっと嬉しいと思わない?
やにさがるね、愚かな群衆には真実など見せる価値もないんだと思うと。(にやり
彼女たちは強く生きられると思う。きっと未来も乗り越えて行けると思うよ。
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