『マニュエル』を憎む理由

文字数 1,325文字

 「黙って聞いていれば、ずい分めでたい

ヤツだな。


 今さら父親面(ちちおやづら)しやがって。


 何が【幸福(しあわせ)の青き鳥の力】だ。


 そんな同情をそそるような言い訳で、敵の

国に売られたお前の息子の『マニュエル』が

許すはずがない。


 なあ、『マニュエル』。


 そうだろう?


 お涙ちょうだいの再会劇になるはずが、

とんだ(うら)(つら)みの憎しみ劇になったものだ。


 おいっ。 羽のないお前。


 お前は、鳥になってからもどうしようもなく

自分に甘いヤツだな。


 今さら、『マニュエル』がお前を許すはず

がない。


 『マニュエル』。


 この『サタン』さまが、お前の代わりに

父親に言ってやろうじゃないか。


 お前はこう言いたいんだろ。


 「「サッサとこの場から消え()せろ。


 悪魔にも劣るこの極悪鳥(ごくあくどり)めっ。」」と。


 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。。。」



 『サタン』の、火に油を注ぐような(むご)
言葉、そしてその(けが)らわしい笑い声。


 それを耳にするだけでも、もうこれ以上
『マニュエル』には耐えられなくなっていた
のだった。


 人の心を傷つけ、もてあそぶことを無上の
喜びとする『サタン』。


 その非情な言葉は、容赦なく
『マニュエル』の心にその(やいば)をぐさりと突き
刺し、えぐりとる。


 そして。。。


 (こわ)れかけたガラスのように、心にヒビが
入ってしまった『マニュエル』は、とうとう
耐えられなくなり、『満』の右肩から落ちて
しまったのである。


 その『マニュエル』をずっと『満』の隣り
見護(みまも)っていた『輝羽』は、素早く自らの
両手で落ちる『マニュエル』を受け止めた。


 「『マニュエル』、大丈夫? 

 しっかりしてっ。」


 その『輝羽』の言葉で、『満』も『輝羽』
の手に乗っている『マニュエル』に向かって
言った。


 「『マニュエル』。


 『サタン』になんか負けちゃダメだ。


 僕がついてる。


 みんながついてる。


 みんな君の味方だよ。


 君が本当に幸せになるためにも、ここで

すべてを終わらせよう。


 (つら)いだろうけど、目を(そむ)けずしっかりと

向き合おう。


 そして、乗り越えるんだ。


 君なら絶対できる。

 
 『マニュエル』。 


 一緒にやろう!」


 『満』のその励ましの言葉は、
『マニュエル』のヒビの入ってしまった
ガラスの心を、(くだ)け散るギリギリのところで
(こら)えさせた。


 「どうした、『マニュエル』。


 何も言うことはないのか。


 なら、この『サタン』さまが、また代わり

に言ってやろう。


 まったく “人の不幸は(みつ)の味”とは

よく言ったものだな。


 見ていてこれほど愉快なことはない。


 ワッハッハッハッハッハッハッハッハッッ



 何が【幸福(しあわせ)の青き鳥の力】を受け取って

くれだ。


 フンッ。


 そんなこと、この『サタン』さまが絶対に

させるものか。


 この日、この瞬間にこの場に現れたのは、

それを邪魔するためだ。







 『マニュエル』。


 オレはお前を許さない。


 絶対にな。


 お前に、もっともっと(みじ)めで(むご)い思いを

させてやる。」



 自分自身に甘かった父親。


 だが今は反省し、純粋に子を想うその父親
に比べ、『サタン』の、『マニュエル』に
対するあまりにも(みにく)執着(しゅうちゃく)にも似た憎悪の
念を、しばらくじっと霊視していた導光は、
得意とするその鋭い【龍の眼光】で、
どうしてこの『サタン』が執拗(しつよう)なまでに
『マニュエル』を追い詰めるのか、ついに
見抜いたのである。

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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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