心に響く『満』の言葉

文字数 4,820文字

 そう聞くと、『満』は自分の右肩のあたり
を見つめながら、

 「『マニュエル』。 


 ありがとう。


 僕のことをずっとずっと忘れずにいてくれた

んだね。」


 『マニュエル』は、『満』のこのひと言を
聞くと、今までの(かげ)りある怒りの表情から
一点、この上ない笑顔を浮かべたのである。


 そして、声をかけてくれた『満』の右肩で
まるではしゃぎまわる子供のように嬉しそう
()ね始めた。


 『マニュエル』のその姿で、いかに
『マニュエル』が『アレン』を大切に想って
いたのか想像がつくほどである。


 「『マニュエル』。


 君の気持ち。


 君が、今までどんな思いでここまで来たか

よくわかったよ。


 実を言うと、僕は、かつて『アレン』

だったと言われても正直言って全然ピンと

こなかったんだ。


 本当に、かつて『アレン』として生きて

いた時代、君のことを救ったのかどうかも

まったくわからないし。


 それでも友人の『輝羽』ちゃんや『輝羽』

ちゃんのお父さんからいろいろ話を聞いて

信じることに決めた。


 あまりにもすばらしく偉大な存在、

『マニュエル』の命を、この僕が救った

なんて本当は信じられないけど。


 僕もいつの日か、結婚して自分の家族を

持った時。


 その時、きっと自分の家族の大切さや

絆の(とうと)さがわかるんだと思う。


 『マニュエル』にお願いがある。


 こんなお願い、本当はすべきじゃないのも

わかってる。」


 「どのようなお願いでしょうか?」


 『マニュエル』は不思議そうにそう『満』
に尋ねた。







 「将来、僕の子どもとして生まれて来てく

れないかな?」


 「えっ?」





 予想外の願いに『マニュエル』は、
ただただびっくりした。


 「僕は人間として全然完璧じゃない。


 ましてや君と比べたら、きっと君が(あき)れて

しまうくらいなダメ(おとこ)


 でも家族だけは絶対に(まも)る。


 それだけは断言する。


 僕の両親も、僕のことを精一杯育ててくれ

たんだ。


 精一杯の愛情を注いでくれた。


 そんな両親にはとても感謝してるし、僕も

そんな親になりたいと思っている。


 だから、僕の子どもとして生まれてきて

くれないか? 


 君の両親が、君に愛情を与えられなかった

分も、僕が精一杯君に愛情を注ぐから。


 約束するよ。」


 『満』の予期せぬその言葉は、
『マニュエル』の、何ものも寄せつけない
(かたく)なだった心に、包み込むように響いて
いったのである。


 「本当だよ。


 『マニュエル』。


 武士に二言(にごん)はないよ。」


 「えっ? 武士? 


 どういう意味でしょうか?」


 『マニュエル』が再び不思議そうに『満』
に尋ねた。


 「あっ、ゴメン。


 その意味はわからないよね。


 絶対に約束は守るということだよ。


 君は今日、僕に幸せを届けに来てくれたん

でしょ?


 その幸せ、喜んで受け取る。


 そして、君がくれたその幸せで、今度は

僕が君を幸せにするよ。


 絶対に。。。


 約束する。」







 「『アレン』。。。」


 ひと言そう(つぶや)くと『マニュエル』は
そのまま何も語らず、黙り込んでしまった。





 この時、『輝羽』は、何もできない自分を
責めていた。


 そして、懸命に『マニュエル』を説得してい
る『満』の隣りで、ただただ祈っていた。


 (どうしたらいいの? このままでは

『マニュエル』の家族が、元の場所に帰され

ちゃう。。。


 でも。。。私がもし『マニュエル』なら、

やっぱり許せない。


 自分の子どもを。。。


 愛しいはずの子どもを。。。


 敵の()(がね)だとわかっていて、本当に手放

すことができるの?


 そんなことしてまで富を得たいの? 


 他に方法はなかったの?


 どうしたら。。。どうしたら。。。)


 気づくと『輝羽』は、『満』の右肩に寄り
添うように()まっている『マニュエル』の
頭を、自らの手で優しく()でていた。


 何も言えず、何もできない自分をただ責め
ながら。


 「『マニュエル』。。。ごめんね。。。


 私、あなたに何もしてあげられないね。」

 そう(つぶや)いていた。


 その『輝羽』の悲し気な姿をじっと見つめ
ながら、

 (『輝羽』。。。


 違うよ。。。


 お前のその手が。。。


 『マニュエル』を優しく()でているその手

が、ちゃんと『マニュエル』を救っているん

だよ。。。)


 導光は、心の中で、そう『輝羽』に語りか
けていた。





 実は、『輝羽』の『マニュエル』を()でる
その手は、『マニュエル』の深い悲しみを
(ぬぐ)うかのように()やしていたのである。






 母親譲りの柔らかな心 (なご)
()やしの力】。





 『輝羽』が、本当に救いたいと願った相手
に向けて、『輝羽』の手から優しく(つむ)がれる
和桜(なやざくら)】。


 人々の心を癒やし、穏やかに包んでくれる
桜の花。


 桜と深い縁のある『輝羽』の母『澄子(すみこ)
は、『輝羽』が生まれた時、この力を
『輝羽』に授けたのだ。


 元々、人々の心を癒やす力を持って生まれ
てきた『輝羽』。


 母の『澄子』は、『輝羽』が、そのような
星の(もと)に生まれてくる(むすめ)だということを
知っていたのである。


 本来は、人々の幸せを心から願う《神々》
に選ばれし巫女(みこ)だけが、《神々》から託され
ると言われている【癒やしの力】。


 巫女の前世を持つ『輝羽』の母『澄子』
の、≪どうか。。。あなたの持っている
【癒やしの力】に、私の持つ、この【和桜(なやざくら)
を浸透させ、多くの人々の心を癒やしてあげて
ほしい。。。≫


 その願いが、この力には込められているの
である。

 


 【和桜(なやざくら)】は、ヒビの入ってしまったガラス
のような『マニュエル』の心を修復するかの
(ごと)く、石清水(いわしみず)のようにその心に静かに吸い込
まれていった。





 「あっ。。。」


 この時、『マニュエル』は、なぜかふと
幼い頃の自分の姿を思い出した。


 (とこ)()せって苦しくて泣いている自分。


 全身に痛みが走って、
「痛いっ。痛いっ。」と泣き叫んでいる
自分の横で、母はひたすら自分の頭を
優しく()でてくれていた。


 その手のぬくもりで、体の痛みは次第に
軽くなっていった。


 母は、ずっとずっと自分の頭を撫でてくれて
いた。


 「『マニュエル』。。。大丈夫かい? 


 ごめんね。


 何もしてあげられなくて。。。」


 母は泣いていた。


 病で苦しんでいる自分を前に、医者を呼ぶ
こともできず、ただそばで苦しむ自分を見つめ
ている母の姿。


 母は言った。


 「代わってあげたい。。。


 お前の痛みを。。。


 私が代わりに。。。ごめんね。。。


 ごめんね。『マニュエル』。。。」





 「母さん。。。」



 自分の目の前で涙を流しながら、ひたすら
頭を撫でてくれていた母。


 その母の姿が、(まぶた)に焼き付いて離れない。


 そして。。。


 その時の母の手のぬくもりを。。。


 痛みを癒やしてくれた母の手のぬくもり
を、『輝羽』の【和桜(なやざくら)】が、『マニュエル』
に思い出させてくれたのであった。





 実は、『輝羽』のこの力は、まだ未完成。


 使いこなせるようになるには、もう少し
修行が必要なのだ。


 何より『輝羽』自身が、まだこの力の存在
に気づいていない。


 だが、父親である導光は、すでにそれを
見抜いていた。


 予想外だったのは、ここで『輝羽』が
未完成のこの力を発揮したことであった。


 さすがの【龍の予言】も、そこまでは先ん
じて見抜けなかったか。





 (やったな。。。『輝羽』。


 さすが()(むすめ)だ。


 大したものだ。)



 (あ~ら。


 『輝羽』は、あなただけの娘ではなくて

よ。。。)


 突然聞こえた予期せぬその声に導光
ビックリ!


 (そっ。。。その声は。。。


 『澄子』か?)


 (ええ、そうよ。


 私以外に誰がいるの?)


 (君は、今、ロンドンにいるはずだろ? 


 そこからずっと視ていたのか?)


 (そうよ。


 あなたの持つ、その【龍の眼光】のような

ものよ。)


 (。。。。。。。。。。)


 (さすがは、()(むすめ)


 神聖な【和桜(なやざくら)】の力を授けただけのことは

あるわ。


 導光さん。


 『マニュエル』は大丈夫。


 後は『満』君に任せればいいんじゃないか

しら?)


 (はい。はい。君に言われなくてもそう

しますよ。)


 何だか、すっかり『澄子』に意見されてし
まったようでちょっと不機嫌 気味(ぎみ)の導光。


 (それじゃあ、そろそろお(いとま)するわ。


 バ~イ!!!)


 (偉大な巫女(みこ)のやることは違うね。


 素晴らしい。。。


 とても素晴らしいですよ。。。)


 妻の『澄子』にお株を奪われ、ちょっと
いいとこ取りされた感の残った導光であった
が、思わぬ『澄子』の登場で、張り詰めてい
た心が(なご)み、内心ほっとしている自分に気づ
いたのであった。





 「『マニュエル』。」


 ずっと無言のままうつむいている
『マニュエル』に『満』が再び呼び掛けた。


 「家族として、今度は家族として一緒に

生きていこう。


 一緒に幸せになろう。


 この国で。


 今度こそ。。。この≪日本≫で。。。


 ≪日本人≫として幸せになるんだ。


 『マニュエル』。


 僕を信じてっ。」





 その時。。。



 『マニュエル』のつぶらな片方の瞳から
一粒の涙がこぼれた。


 今まで流した『マニュエル』の涙とは
まったく違う涙。


 それは、美しき魂の≪浄魂鳥≫が流す、
美しき一粒の涙であった。


 どんな高価な宝石よりも美しく光り輝く、
まるで宝石以上の《宝珠(ほうじゅ)》のような涙。


 その涙に、導光は心打たれた。


 (なんと。。。


 なんと美しい涙なんだろう。


 『マニュエル』、君は本当に素晴らしい魂

を持っている人だ。


 君の願いはきっと私が叶える。


 いや、絶対に叶う。


 そのためにも『満』君に。。。


 何としても『満』君に(きみ)を説得してもらう。


 君の(こお)りついた心を暖かく包んであげられ

るのは、《神々》でも、かつての家族でも、

そして私でもない。


 それは、『満』君。。。(きみ)だけなんだ。


 やっぱり君だけなんだ。


 『アレン』。。。


 『アレン』だけだ。


 頼む。。。『満』君。。。


 『アレン』。。。


 『マニュエル』を。。。


 どうか。。。


 『マニュエル』を救ってあげてくれ。。。)



 導光は、心の底から念じるように『満』に
そう叫んでいた。


 そして、依然(いぜん)として何も語ろうとしない
『マニュエル』に『満』が再び声を掛けよう
としたその時。





 「『アレン』。 ありがとう。。。」


 『マニュエル』は、『満』に感謝の言葉を
告げた。



 『満』のその言葉は、確かに(かな)でていた。


 かつての家族の愛を受け入れることを
ずっと拒絶し続けてきた『マニュエル』の心
に深く。。。深く。。。そして優しく。。。





 《神》の懇願(こんがん)でさえ届かなかった、固く
閉ざされたその『マニュエル』の心を、
『満』の、『マニュエル』を想う愛あふれる
願いが救った瞬間であった。




 と、その時。


 導光の【龍の眼光】が、『マニュエル』の
背後に、(まぶ)しい光を(とら)えた。


 それは。。。


 太陽の光。



 英気を養うため、長い間隠れていた太陽の
光がやっと姿を現わし、その力強い光で、
すべてを暖かく照らすが(ごと)く『マニュエル』
を包み込んでいく。


 光は、さらに暖かさを増し、
『マニュエル』の凍りついた心を、
まるで消えゆく雪のように()かしていった。




 【雪解(ゆきど)けの陽光(ようこう)


 心の奥に(ひそ)むあらゆる憎しみ、(うら)み、
怒り、悲しみ、苦しみを跡形もなく消し
去り、一切の[負の念]から心を解き放つ
太陽の力。





 決意させたのだ。


 太陽の《神々》が。


 とうとう『マニュエル』に。。。


 太陽に宿る《神々》に愛されし者、
『マニュエル』。



 氷のような『マニュエル』の心の扉。


 その扉のドアノブに手を伸ばさせたのは
『輝羽』。


 その扉をノックして、『マニュエル』に
呼び掛け、扉を開かせたのは『満』。


 開いたその扉の隙間(すきま)から、《神々》の力は
降り注いだ。


 そして、ついに『マニュエル』の氷の心を
解かしたのだ。


 扉は、自ら開かれなければ《神々》の力は
及ばない。


 その《神々》の力が遺憾なく発揮されたの
は、『輝羽』と『満』の、『マニュエル』を
想う心の賜物(たまもの)





 『マニュエル』は、受け入れようとしてい
たのだ。


 父の罪を。。。父の想いを。。。


 だが、どうしても受け入れられなかった。


 許すわけにはいかなかったのだ。





 (『マニュエル』の(かたく)なな心を、

よくぞ救ってくれた。


 よくやった。『満』君。。。

 
 そして『輝羽』。。。)


 導光は、心の中で二人を()(たた)えていた。

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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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