『マニュエル』を呼ぶ声

文字数 1,648文字

 その時だった。


 「『マニュエル』よ。。。」


 どこからか『マニュエル』を呼ぶ声が聞こ

えてきた。


 (とどろ)くような、木霊(こだま)するような声。


 いったい声の(ぬし)は誰なのか。





 「(われ)は、運命を(つかさど)る《神》、

 『デスティニイ』。


 この日が来ることを心から願っていた。」


 導光は、『マニュエル』の方を視たが、

『マニュエル』には、それが誰なのか

まったく分からないようだった。


 「久しぶりだな、『マニュエル』。


 再会するのは五百年ぶりであろうか。」


 導光は、予期せぬ突然の来訪者にびっくり

した。


 『デスティニイ』と名乗るその《神》は、

首から上は視えないが、金と銀の光の(ごと)

輝くマントで全身を(おお)い、そのマントから

時々視え(かく)れする両手の指先は、あまりにも

美しく、その長く伸びた指先で今にもピアノを

(かな)でそうなほど。


 「あなたは、運命を司る《神》、

『デスティニイ』とおっしゃいましたね。」


 導光は『デスティニイ』にそう尋ねた。


 「いかにも。」


 「『ケツァール』となった『マニュエル』

をご存知のようですが。」


 「ああ。


 最後に『マニュエル』のそばにいたのは

この(われ)であったからな。


 『ビリー』と言えば、わかってもらえるか

のう?」


 その『デスティニイ』の言葉に
『マニュエル』はハッとした。


 そして。。。


 あの時、もしかしたら『ビリー』は
《神》なのかもしれない。。。


 ふとそう感じたことを思い出した。



(『ビリー』は。。。


 あの『ビリー』は。。。


 やはり《神》だったのか。。。)





 野生の恐ろしい山ネコ。


 だが『マニュエル』は、まったく恐怖を感
じなかった。


 なぜだかずっと、その山ネコ『ビリー』に
親近感を覚えていたのである。


 自分を見つめる『ビリー』の青く澄んだ瞳
は、すべての不安や絶望、そして恐怖を忘れさ
せてくれた。


 心から安心させてくれた。


 『マニュエル』は、その『ビリー』に、
人と接する時にはまったく感じない特別な
何かを感じていたのである。


 その特別な何かが、一体何であるのか、
それは『マニュエル』には分からなかった。


 『デスティニイ』と名乗るその《神》が、
あの『ビリー』だと知らされ、驚きと感激で
胸が一杯になる『マニュエル』。


 そして。。。


 「そうだったのですか。。。


 『デスティニイ』様。。。

 
 あなたが。。。あなたが『ビリー』だった

のですね。


 絶望から私を救ってくださった。。。


 あなたのおかげで、私は生きていくことが

できたのです。


 もしあなたがいなければ、私は。。。


 私は、あのままナイフで(のど)を突き刺し、

自ら命を絶っていました。


 なんとお礼を申し上げたらよいのか。。。


 あなたにひと言のお礼もできず、私は生涯を

終えました。


 死への恐怖から、必死であなたの名を叫び

ながら。。。


 怖くて。。。恐ろしくて。。。




 あなたにそばにいてほしかった。。。






 ありがとうございました。


 やっと今、あなたにお礼を申し上げること

ができます。」



 『マニュエル』は、五百年ぶりに再会でき
た、かつての救いの山ネコ『ビリー』であっ
た『デスティニイ』に、そうお礼の言葉を述
べたのである。


『デスティニイ』は、その『マニュエル』の
言葉に何も答えることなく、ただただ黙って
いた。



 その時、『輝羽』が、『デスティニイ』に
一つの疑問を投げかけた。


 「でも。。。どうして。。。? 


 どうして《神》としてではなく、山ネコの

『ビリー』として『マニュエル』のそばに

いたのですか?」


 「それは。。。


 絶対に(われ)の正体を明かすわけにはいかなか

ったからだ。




 長い話になる。



 『マニュエル』よ。


 まずは(なんじ)()びねばならぬ。


 (なんじ)の人生を狂わせてしまったのは

すべて(われ)のせいだ。」



 そう語る運命を司る《神》、
『デスティニイ』の声は震えていた。


 導光には、『デスティニイ』のその表情は
視えなかったが、震える『デスティニイ』の
その声から、深い悲しみと謝罪の念をうかが
い知ることができた。


 『デスティニイ』は、ゆっくりと。。。
まるで、一つ一つの言葉を()み締めるよう
に、これまでの経緯(けいい)を語り始めたのである。
 
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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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