父鳥の謝罪

文字数 1,757文字

 父鳥は、母鳥に支えられながら起き上が
り、そして、よろけながらもその両足で
しっかりと立ち上がった。


 しばらく黙っていたが、意を決したように
『マニュエル』を真っすぐに見つめると、
かつての愛しき息子『マニュエル』に語り始
めたのである。


 「『マニュエル』。


 私のことを覚えているかい? 


 こんな私が今さら父親だなんて

言えないことはよくわかっている。







 『サタン』の言った通りだ。


 私は。。。


 私は。。。 お前を敵に売った。


 敵の()(がね)だと知っていながら、

お前を敵に売ったのだ。。。」




 父鳥の、この残酷な告白を耳にした
『マニュエル』は、足元から全身の血の気が
引いていき、顔面(がんめん) 蒼白(そうはく)になっていった。


 『サタン』がやって来てから、導光はずっと
『マニュエル』を見つめていた。


 『マニュエル』を見護っていたのである。


 表情が次第にこわばっていく
『マニュエル』。


 導光には分かっていたのだ。


 『マニュエル』が、もうすでにその真実を
知っていたのではないかと。


 残念なことに、導光のその予感は、見事に
的中してしまったのである。


 何よりも導光の【龍の眼光】が、すでに
導光にそれを気づかせていたのだった。




 うつむいたままの父鳥は、ポツリポツリと
『マニュエル』に再び語り始めた。


 「優しく、賢い子。


 『マニュエル』。


 お前は小さい時から本当に家族思いの

子だった。


 そんなお前を私は(かね)のために。。。


 ただ(かね)のために敵に売ったんだ。





 貧しい村に生まれてしまったら、

貧しい生活を強いられる。


 こんな私でも若い頃には夢があったんだ。


 希望も持っていた。


 一花(ひとはな)咲かせるために町に出て、町で生きて

いきたいと思ったこともあった。


 だが、(かせ)ぎのない老いた親を残して

自分勝手なことなどできるはずもない。



 あの村で生きていくしかなかった。



 だから、がむしゃらに働いた。


 (かせ)ぐために。


 人一倍(かせ)ぐために。


 もっと。。。


 もっと楽な暮らしがしたいと思ったから。



 しかし、昼も夜も休まず働き続けたがため

に、私は体を壊してしまった。





 やけになっていたんだ。


 こんな生き方しかできないのかと。


 精根(せいこん)尽き果てた私は自分を責めた。


 世の中を呪った。


 もうどうなってもいい、そう思っていた。


 どうせこのまま生きていたってこの貧しさ

からは逃れられない。


 死んだ方がましだ。。。と。



 自分一人だけならそれでもよかった。


 だが。。。



 だが、私にはその時すでに家族がいた。



 こんな私を支えてくれる妻がいた。


 子供が生まれ、家族が増えた。


 その家族を見ていると、こみ上げる涙を

こらえることができなかった。


 不憫(ふびん)な妻、そして子どもたち。


 私が貧しいばかりに、ひもじい思いをさせ

てしまって。



 不甲斐(ふがい)ない自分を責めた。



 裕福な暮らしをさせてあげたかった。


 楽な暮らしをさせてあげたかったんだ。



 自分が無力なばかりに苦労させてしまった

家族に。





 だが、その家族を。。。


 私は。。。私は。。。


 大切な家族を。。。


 幸せにしたいと思っていた家族を。。。





 お前を。。。






 敵に売ってしまったんだ。





 いったい。。。


 いったいそんな我々を誰が救ってくれたと

言うんだ。


 誰も。。。


 誰も救ってくれなかったじゃないか。


 誰にも助けてもらえなかった。





 仕方なかった。。。





 許してほしいとは言わない。


 言えるはずがない。


 許されるはずもない。


 許さないでほしい。


 この(おろ)かな父を。。。」



 かつての父からの涙の告白。


 しかし、『マニュエル』にとって、その父
の告白は、到底受け入れられるものではなか
ったのである。


 家族とは、自分にとって一番大切なもの。


 家族とは、自分にとって心の支え。


 家族とは、自分にとってすべてを(ゆだ)ねられる
存在。
 

 家族の記憶が、もうほとんどない
『マニュエル』であったが、家族を大切に
想う気持ちと同時に父親に対する不信感だけ
は、ずっとずっと『マニュエル』の心に生き
続けていたのである。


 かつての父親の口から語られた、あまりに
も許しがたい過去。 


 それは、『サタン』の、『マニュエル』を
傷つける(あざけ)るような(みにく)い言葉以上に
『マニュエル』の魂を奈落の底に突き落とし
ていった。





 そしてその時。






 「(うそ)だっ。」


 『マニュエル』が、かつての父親である
父鳥に対して、ずっと抑えていた怒りを吐き
出すかのように大声で叫んだ。


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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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