天誅《てんちゅう》

文字数 2,186文字

 「この縄を()けっ。」


 悪魔『サタン』が叫んだ。


 きつく締められた光の縄は、導光には容易(たやす)
くほどくことはできないように視えた。


 「うわぁぁぁぁぁ。。。 


 痛い。。。 痛い。。。


 この縄を。。。


 この縄をほどいてくれ。。。」





 それは。。。





 【天誅(てんちゅう)の縄】


 懺悔(ざんげ)の気持ちを一切持たぬものに対し、
《神》によって課される天罰(てんばつ)の縄だった。


 「誰か、誰か。。。 


 助けてくれぇぇぇぇぇ。。。」


 助けを()う『サタン』の声。





 だが、助けようとする者は誰もいない。





 「誰か。。。 早くぅぅぅぅぅ。。。」





 だが、その声に答える者は誰もいない。





 「助けて。。。 


 助けてくれぇぇぇぇぇ。。。」





 だが、手を差し伸べる者は誰もいない。






 「あの時、助けてくれというお前の心の

叫びを聞いて、『マニュエル』はお前に手を

差し伸べてくれた。


 そうではないのか?」


 『ゴッド』は『サタン』に問いかけた。





 「うわぁぁぁぁぁ。。。


 痛い。。。 痛い。。。」





 「過酷(かこく)な運命の中、心の中で叫び続けてい

た『マニュエル』の(なげ)き悲しむ姿を、お前は

ただただあざ笑い、そして『マニュエル』を

ひたすら憎み続けた。


 なんとおぞましい。」





 「助けてくれぇぇえええ。。。


 頼むぅぅううう。。。」


 まさに、(みにく)き『サタン』の断末魔(だんまつま)の叫び。




 「叫ぶがよい。


 気が済むまで助けを()うがよい。


 いったい誰がお前のような(きたな)い悪魔を助け

ようとするのか。


 気が済むまで叫ぶがよい。」



 もがけばもがくほどきつく締め付けられて
いく【天誅(てんちゅう)の縄】。





 「お前がしてきたことは、人を(おとし)め、

人を傷つけ、人を裏切り、人を(だま)すこと。


 人を不幸のどん底に突き落とすこと。


 その(むく)いを、思う存分受けるがよい。」



 どんどん【天誅の縄】に締め付けられていく
『サタン』。


 『サタン』の身体(からだ)は、見る見るうちに(ちぢ)
でいった。


 この縄で締め付けられることは、
『サタン』にとってこの上ない苦しみ。





 その時、『サタン』は『マニュエル』を
視た。



 そして。。。



 ぎゅうぎゅうに締め付けられている縄の
間から最後の力を振り絞り、『マニュエル』
に向かってその(みにく)い手を伸ばしていった。





 [蛇]のような長い手を。





 「助けてくれぇぇぇ。。。


 『マニュエル』。。。」





 『サタン』の助けを()う言葉に、顔を(そむ)
る『マニュエル』。



 「『マニュエル』。。。


 神父様。。。


 どうか。。。


 どうかお助けを。。。」


 悪魔『サタン』の目に、見る見る黒い涙が
あふれてきた。





 「それは。。。


 今、お前の目から流れているそれは。。。


 涙か?





 (けが)らわしい。


 なんという(けが)れ切った涙。


 お前のような悪魔でも涙を流すのか。


 『サタン』。」


 『ゴッド』の突き放すような厳しい言葉に
『サタン』はとうとう最後の命乞(いのちご)いをした。



 「神父様。。。


 わたしが、わたしが間違っていました。


 どうか。。。どうか許して。。。


 許して。。。ください。。。


 わたしは。。。


 わたしは。。。


 あなたがうらやましかった。





 感謝していました。 


 心から。。。


 あなたの。。。


 あなたの優しさに。。。





 いつも太陽のような暖かい光に照らされて

いたあなたは。。。


 まるで《神》のようだった。





 わたしは。。。


 わたしは、ただあなたのようになりた

かった。。。



 ただ。。。


 ただ、あなたのようになりたかっただけ

なんです。



 許してください。



 神父様。。。



 ゆ・・・・る・・・し・・てく。。。」



 泣きながら『マニュエル』を見つめ、
許しを()う『サタン』に向かって『ゴッド』
は判決を下した。



 「お前の犯した罪咎(つみとが)は、けっして許される

ものではない。


 お前は『マニュエル』だけでなく、多くの

罪なき(とうと)い魂の持ち主たちを犠牲にした。


 お前の存在そのものが罪穢(つみけがれ)


 お前は、未来永劫(みらいえいごう)、この『ゴッド』が、

『ゴッド』の名に懸けて跡形もなく完全に

消滅させる。





 いざ、成敗(せいばい)の時。





 それこそが、()が使命。」


 そう判決を下す『ゴッド』の声は、最後の
命乞いをする『サタン』の叫びを無視するか
(ごと)く、とてつもなく厳格なものであった。


 今までは、まったく視えなかった
『ゴッド』の姿。


 だが、導光には、その時の『ゴッド』の
表情が一瞬視えたのである。



 (なんと。。。)





 (あやま)ちを()い改めようとする者には、慈悲と
救済を惜しげもなく与える《神》。


 その時の《神》の姿は、すべてを包み
込んでくれるかのような優しい微笑(ほほえ)みの
観音菩薩(かんのんぼさつ)』そのもの。



 しかしながら、(あやま)ちをまったく()い改め
ようとせず、《神》を(あざけ)り、裏切り、そして
罵倒(ばとう)する者に見せる《神》の姿は、あの
地獄の(ぬし)、『閻魔王(えんまおう)』そのもの。





 そう。


 『ゴッド』の表情は、まさにその
閻魔王(えんまおう)』であった。



 キッと見開いた目。


 カッと開いた口。


 導光は、一切容赦しないという強固な決意
を『ゴッド』のその表情に観たのであった。





 と、その時。。。


 『ゴッド』は、天からその【天誅の縄】
を、この上なく強い力で一気に締め上げたの
である。



 ギィ・・・ギィ・・・ギィ・ギィ・・

ギィィィィィ・・・・・・・



 『ゴッド』のその力は、あたかも一向に
()かないサビ切った鉄のドアをありったけの
力を込めて思いっ切り押し開けるような激し
い音を発したのであった。


 その途端、『サタン』の身体(からだ)はとうとう
締め上げられた【天誅の縄】で細かく(くだ)け、
バラバラに飛び散った真っ黒な体の破片は、
光の(うず)の中に吸い込まれるように消えて
いった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み