『マニュエル』の本心
文字数 1,181文字
「『アレン』、ありがとう。
わざわざそのことを
私に知らせに来てくれたんだね。」
「隣村の若者が犯人だと勘違いされて
町まで連行されていったらしい。
額に傷があるというだけで、みな犯人扱い
されてしまう。
君のご両親の家で、
男が目撃者として容疑者に会わせられ、犯人
かどうかを証言させられているらしい。
他にも殺された資産家はたくさんいるし、
犯人も捕まっていないのに、どうしてそんなに
君のことを捜しているのか、僕にはよくわか
らない。」
不思議そうにそう言う『アレン』に
『マニュエル』は言った。
「それはきっと。。。
私がこの国で生まれた人間だからだよ。」
「えっ?」
「この国で起こった殺人事件が、すべて
同じ敵国の
それはわからない。
私たちスパイ教育を受けた者は
一緒に行動する仲間以外のスパイとは
一切接触しない。
会うこともない。
互いの行動は、すべて謎に包まれている。
けっして互いを干渉せず、例え目の前で
かつて
無視しろ、
助けるな、
他人の振りをしろ、
そう言われてきた。
私の知っている限りでは、この国で
生まれ、敵国に売られたのはおそらく
私だけだったはず。
他の仲間たちはみな他の国からやって来た
者たちだった。
私を捕まえれば敵国の様子も通訳を使わず
正確に聞き出すことができる。
だからだろう。
捕まったらその時は、今度こそ間違いなく
処刑される。
私の犯した罪は、
敵国に国を売ったようなものだ。
もう言葉がない。
いったいどちらが国を売ったんだ。
私を敵国に売ったのはこの国だ。
私たち一家の貧しさを
一体誰が救ってくれたというんだ。
何もしてくれなかったじゃないか。
誰も助けてくれなかったじゃないか。
自ら望んで敵国に行ったわけじゃない。
ましてや自らの意志でスパイになったわけ
じゃない。
国民を敵国に売らせたまま放っておくよう
な国のくせに。
国民一人すら救えない国のくせに。
何が裏切り者だっ。
私は。。。私は。。。」
『マニュエル』は、今までずっと心の中に
秘めていた思いを一気に吐き出した。
「敵にさえ売られなければ、スパイになる
こともなかった。
人を
私が、私が一体どんな罪を犯したと
いうんだっ。
敵に売られてしまうほどの罪を私が犯した
というのか。。。」
そう話す『マニュエル』の表情は、普段の
穏やかな表情からはとても想像ができない
ほどこわばっていた。
どこにぶつけていいのかわからない思い。
体の中から突き上げて来る炎のような
怒り、そして怨念。
『マニュエル』の体は震え、その震えを
抑えるかのように歯を食いしばり、両手の
はぎゅっと握られたままだった。
『マニュエル』の、このやるせない悲痛な
叫びを聞いて『アレン』はかける言葉がなかった。
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