救えた命

文字数 1,438文字

 四日目の朝、『マニュエル』が新しい
止血草を傷口に当てるため、布の包帯を
ほどいていた時、山ネコが目を覚ました。


 まだ傷はとても痛そうだった。


 止血草の効果もあり、出血は収まり、
傷は化膿(かのう)せず、少しずつだが傷口は治り
始めていた。


 「気がついたかい? 


 君は三日間ずっと意識がなかったんだよ。


 良かった。


 目を開けてくれて。


 もうこのまま目を()ましてくれないんじゃ

ないかと思ったよ。


 もしそんなことになったら。。。


 私は、また危うく犠牲者を増やしてしまう

ところだった。」


 そう問いかける『マニュエル』を、山ネコ
はじっと見つめていた。


 「君は山ネコだろ? 


 どうして人間を襲わないんだ? 


 人間が怖くはないのかい?」


 きょとんとした表情で『マニュエル』を
見ている山ネコ。


 「人間の言葉はわからないか。


 そうだよな。


 とにかく、早く良くなって、山に帰ると

いい。


 助けてくれてありがとう。


 どうして私のような人間を助けてくれるのか

わからないけど。。。」


 山ネコが一体何を食べているのかさっぱり
わからない『マニュエル』は、とりあえず山で
()れるキノコのスープを与えてみた。


 山ネコは、傷ついた右の前足をかばうよう
に上半身を起こし、左の前足で体を支えなが
ら『マニュエル』が与えたスープの(にお)いをか
ぎ始めた。


 そして、舌を出してスープの味見をした。


 その味を確かめているのか、しばらく
じっとスープを見つめ、ペロペロと舌を
うまく使って少しずつスープを飲み始めた。


 時々、『マニュエル』の顔をチラッと見て
はキノコを見つめ、また『マニュエル』の顔
を見る。


 まるでこんなものを食べさせるのかと文句
を言っているように見える。


 スープはペロッと平らげたが、キノコは食
べず、残されてしまった。


 「わかったよ。


 キノコはお気に召さなかったようだね。


 私は君が何を食べるのか分からないんだ。


 仕方ないだろう。」


 そう言って山ネコの頭を()でた。


 山ネコは、目を細めながら『マニュエル』
()でてくれるのを喜んでいるようだった。


 「いったい私は何をしているんだ。


 大切な友人を死に追いやり、死のうと思っ

てここまで来たのに。


 今度は君がこんな私を救ってくれた。


 私を救うために、大怪我(おおけが)までして。


 どうしてそこまでして私を。。。」


 『マニュエル』は、山ネコにそう問いかけ
てみた。


 今まで恐ろしいと思っていた山ネコだった
が、よく見てみると、とても愛らしい瞳をし
ている。


 青い瞳だ。


 だが、その瞳には、狙った獲物は絶対に(のが)
さないという野生の山ネコ特有の(すき)のない鋭
さを感じる。


 馬のようにすらりとした四本の足。


 立ち耳の犬のように長くピンと立っている
両耳。


 村にいた野良猫とは比べ物にならないほど
の威厳ある姿。



 「わかるわけがない。。。か。


 人間の言葉は君にはわからないよな。」


 でもひとつだけ確かなことがあった。


 それは、この山ネコが『マニュエル』を
救ってくれたということ。


 「《神》など信じたことのない私。


 私は、《神》に見放されているのかと思っ

ていた。


 だからこんな苦しい人生なんだと。


 ずっとそう思っていた。


 でも、今何かを感じる。


 もしかしたら、私はまだ見捨てられてはい

ないのではないかと。」


 『マニュエル』には、なぜか山ネコの想い
が通じているようだった。


 「もしかしたら。。。


 君は、《神》なのかもしれないね。」





 こうして『マニュエル』は、山ネコと共に
再び生き始めた。


 そして、その山ネコに『ビリー』という
名前をつけた。



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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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