執拗な追跡

文字数 1,408文字

 もうすぐ『アレン』と『ニーナ』の
結婚式。


 仕事が一段落した『アレン』は、久しぶり
に外出した。


 「やあ! 『アレン』じゃないか。」


 「『ワシル』さん。 こんにちは。」


 「相変わらず、仕事が忙しそうだな。」


 「はい。 お陰様で。」


 「例の(うわさ)のことはもう知ってるかい?」


 「例の噂?  いいえ。 

 
 いったいどんな噂なんですか?」


 「やっぱり。。。


 『アレン』はそういうことには(うと)

からな。」


 『アレン』は近所に住む『ワシル』から
村中に広まっているその噂について尋ねた。


 『ワシル』によれば、半年ほど前に隣町で
起きた資産家一家殺人事件の犯人三人の
うち、一人だけ未だに行方不明で、町の兵士
血眼(ちまなこ)になってその男をずっと探している
らしいということだった。


 この村にも何人か兵士がやって来ていて、
未だに捜索を続けている。


 その犯人を見つけた者や、確かな情報を提供
した者には、褒美(ほうび)として金貨三枚が与えられ
るらしい。


 村は、すでにその噂で持ち切りになってい
たのである。


 (なんということだ。)


 そんなことになっているとはまったく
知らず、『アレン』はその噂を聞いた途端
不安と恐怖を覚えずにはいられなかった。


 家具の注文が引っ切り無しの『アレン』は
工房にこもって家具作りに没頭すると、それ
以外のことは一切耳に入らなくなる。


 (仕事なんかしている場合じゃない。)


 『アレン』は、ひたすら『マニュエル』の
身を案じた。


 『マニュエル』のことが頭に浮かび、

 (このままでは彼が危ない。


 なんとかしなければ。。。)


 もうそれしか考えられなかったのである。


 だが、なぜ半年経った今でも執拗(しつよう)に犯人を
捜し続けているのか。


 他にも資産家が殺されている事件は、まだ
まだたくさんある。


 ところが、犯人が捕らえられ、解決した
ケースは(まれ)だ。


 ほとんどの場合、捜査はほどなくしてすぐに
打ち切られてしまう。


 憲兵隊の数にも限りがあり、手が回らない
のが現状だからである。


 (ゆえ)に、最初は『アレン』にも、憲兵隊が
執拗に『マニュエル』を追うその理由が
まったくわからなかった。


 外出先から家に戻ると、『アレン』の元に
よく木工製品を買い付けに来る問屋の主人が
訪れた。


 「『アレン』。


 他の注文で忙しいところ申し訳ないが、

以前作ってもらった木の椅子があるだろう。

 
 ほら、肘掛け付きのロッキングチェア。


 あの椅子がとても座りやすいと評判で、

ほしいというお客さんが隣町にたくさんいる

らしいんだ。


 とりあえず五脚ほど作ってくれないか? 


 お代は(はず)むよ。


 君の作ったものは、本当に素晴らしいもの

ばかりで、君のおかげで私はこの商売をして

いられるからね。」


 「『レフスキ』さん。

 いつもありがとうございます。


 二脚はご希望に間に合うと思うんですが、

背もたれのカーブの部分の木は乾燥させるの

に時間がかかるので、残念ながら、あと三脚

は無理ですね。」


 「時間がかかるって、あとどれくらいだ?


 半年ぐらいか?」


 「いや。 あと四、五年は無理です。」


 「えっ? 四、五年?

 どうしてそんなにかかるんだね?」


 「水分が多い木なので、乾燥させるのに

何年もかかってしまうんですよ。


 こんなことならもっと前から乾燥させて

おくんだった。


 もうその木がないんですよ。」


 「何だ。そうなのか。。。」


 「背もたれが曲線でなくてもいいのなら

なんとかなりますが。」


 「そうか。 それじゃあ、もう一度

客先に聞いてみるよ。」
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登場人物紹介

昇龍 導光《しょうりゅう どうこう》


代々続く祈祷師の家系に生まれた。昇龍家第四十八代当主。五十歳。

非常に高い霊能力を持つ。

ダンディで背が高く、スポーツマン。 

物腰柔らかで一見祈祷師には見えない。

導光が愛するものは何といっても龍と家族そしてスイーツ。

持って生まれた類まれなる霊能力と格の高い魂で、様々な視えざる存在と対峙しながら

迷える人々を幸福へ導くことを天命の職と自覚し、日々精進を重ねるまさに正統派の祈祷師。

昇龍 輝羽《しょうりゅう てるは》


導光の娘。ニ十歳。 

聖宝德学園大学 国際文化学部二年生。両親譲りの非常に高い霊能力の持ち主。

自分の霊能力をひけらかすこともなく、持って生まれたその力に感謝し、

将来は父のような祈祷師になりたいと思っている。

龍と月に縁がある。

龍を愛する気持ちは父の導光に劣らない。

穏やかな性格だが、我が道を行くタイプ。

自分の人生は自分で切り拓くがモットーで、誰の指図も受けないという頑固な面がある。 

浄魂鳥《じょうこんちょう》ケツァール   /   マニュエル


普通の人には見えない、いわゆる霊鳥。

五百年前、『マニュエル』という名の人間としてある国に生きた前世を持つ。

あまりにも壮絶な過去を背負ったがために転生できず、

ある想いを果たすため『浄魂鳥』としてこの世に存在し、

その時をずっと待ち続けてきた。

花畑 満《はなばたけ みちる》 / アレン


二十歳。『輝羽』と同じ大学で同じ学部の同級生。

日本人離れした端正な顔立ちの美男子。

五百年前、人間であった『浄魂鳥』と同じ村に住んでいた『アレン』という名の若者の前世を持つ。

十五年前に亡くなった叔母の遺言がすべてを明らかにするカギを握る。

野原 美咲《のばら みさき》/ 満の伯母 


十五歳。聖宝德学園大学付属中学三年バラ組。

十五年前に亡くなった『花畑 満』《はなばたけ みちる》の叔母の前世を持つ。

その時の記憶を持ったまま生まれてきた。

『満』《みちる》同様日本人離れした顔立ちの超美人。積極的な性格。

赤いバラの花の女神 マリア


とにかく美しいものが大好きな女神。

導光の元を訪れ、ある国にいる『浄魂鳥』を日本に連れて来てほしいと依頼する。

すべての出来事はこの依頼から始まった。

その『浄魂鳥』の想いを果たすことができれば、自分が見護っていたある人も

幸せになれるのだと導光に訴える。

白いバラの花の男神 ローマ


『赤いバラの花の女神 マリア』の許婚《いいなずけ》。

いつも『マリア』に振り回されている『マリア』一筋の男神。

ある事情で結婚を先延ばしにされてしまう。

天の神から頼まれ、導光の家に届け物をする。

それは『浄魂鳥』と深い関わりのあるものなのだが。。。

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